1. 事件の概要
本件は、被告(以下「Y法人」)の職員であった原告(以下「X」)が、Z(以下「Z法人」)への異動命令を拒否したことを理由として、懲戒解雇(以下「本件解雇」)されたところ、本件解雇は無効であるとして、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認等を求めた事案です。
(1)当事者
Y法人は、厚生労働省直轄の施設等機関である旧国立循環器病研究センターを前身とし、平成22年4月に独立行政法人となり、平成27年4月に国立研究開発法人となりました。
一方、Z法人は、厚生労働省直轄の国立病院・国立療養所が平成16年4月に独立行政法人となり、A1病院やA2医療センター等を傘下に有しています。
Xは、平成4年10月に厚生事務官として任用され、国立療養所A3病院に配属されました。その後Xは、平成16年4月、Z法人の独立行政法人化に伴ってZ法人の職員となり、平成18年4月にA2医療センター、平成19年10月にA4医療センター、平成22年1月にA5センターと異動しました。
Xは、平成24年4月1日付けでY法人に異動し、入院外来係長として勤務し、平成26年4月1日に医療係長に配置換えとなりました。
なお、Z法人からY法人への異動に際しては、Z法人での退職手続とY法人での採用手続が取られています。
(2)異動について
Y法人の職員のうち、Y法人が独立行政法人となる前に採用された職員については、配置に関する決定権限は事実上Z法人が有し、Y法人は、Z法人の決定に基づいて、Z法人からの異動を受け入れ、あるいはZ法人にY法人の職員を異動させていました。
異動対象となった職員については、異動元の退職手続と異動先の採用手続が取られます。
Z法人からY法人に異動した場合、いずれは再度の異動によりZ法人に復帰する者が大半でした。
しかしながら、実際に異動により復帰するかどうかは、その時々における人事異動の結果であり、異動時にあらかじめY法人での勤務期間等が示されることはなく、異動先で定年を迎えたり、Z法人に戻らない職員もいました。
(3)Y法人の就業規則
本件に関連するYの就業規則の規定は、次のとおりです。
(配置換等)
- 第78条職員は業務上の都合により配置換、併任を命ぜられることがあるものとする。
- 2職員は、国、国立高度専門医療研究センター、Z法人又はその他関係機関への人事異動を命ぜられることがあるものとする。
- 3前2項の規定により命ぜられた職員は正当な理由がない限りこれを拒むことができない。
(4)本件の人事異動命令前のXの妻の病状等
Xは、平成7年4月に、妻陽子と婚姻しました。
Xの妻は、婚姻前から航空会社で勤務していましたが、平成13年1月に卵巣ガンが発見されたため、治療や手術を利用として同年7月まで休職し、いったん職場復帰するも、同年9月に退職しました。
Xの妻は、平成14年頃から電車に乗ると圧迫感を感じたり、めまいや動機、息苦しさ等の体調不良を感じ、1人で電車に乗らないようになりました。
さらに、Xの妻は、平成19年頃から、Xが当直で帰宅できない日は眠れなくなり、昼夜が逆転する状況となり、平成23年頃には夜になると不安恐怖が増し、たびたび髪の毛を抜いたり、目の周りを針で突くなどの自傷行為に及ぶようになりました。
また、食材のビニールを破る際にビニールの切れ端が冷蔵庫の方へ飛んでいき火事になるのではないか、掃除をするときに掃除機の先が部屋の壁に当たって傷つけるのではないかなど、ちょっとしたことも不安や恐怖感を感じるようになり、家事ができなくなり、Xが家事全般をするようになりました。
Xは、妻に対し、精神科や心療内科の受診を勧めました。しかし、Xの妻は、医師であっても知らない人と話すことに恐怖感を感じたこと等から、医療機関を受診することができませんでした。