本記事は『マネジャーのための人事評価で最高のチームをつくる方法 「査定する場」から「共に成長する場」へ』から一部を抜粋したものです。掲載にあたって編集しています。
目標を分解して考える
目標を具体的にしていく際、重要なのは、「目標を分解する」ことです。成長期待直線と成長実感曲線にギャップがあると、モチベーションが下がったり、焦ったりしてしまいます。このギャップを縮小するためにも、やはり目標を分解することが有効なのです。
たとえばスポーツなら、逆上がりができるようになったとか、100mが何秒で走れるようになったとか、成長が見えやすいでしょう。一方ビジネスの場合、「あなたは次のレベルに上がれましたね」と説明するのが難しい。
だからこそ、人事評価においては「何がどれだけ売れた」「何が作れた」など「成果」に寄ってしまいがちなのです。そうなると、成果が出ていないときには自信が持てなくなってしまいます。
ただ、成果が出ていないときでも、積み重ねによって着実に成長しているときはあります。そこでマネジメントする側としては、目標を分解して、少しでも成長実感を得られるように目標設定してあげることが大切になります。
いきなり100個の学びを積み上げるのは難しいですが、「成長」を小さな目標に細分化すればギャップを小さくすることが可能です。
自分が「これだけ学んだらこれだけ成長できる」と期待する「成長期待直線」と、「これだけの学びに対しこれだけ成長できた」と実感する「成長実感曲線」にはギャップがあります(第1章で詳述)。たとえば、5つの学びで1つのレベルアップが可能な目標を意識したとすると、「成長期待直線」と「成長実感曲線」のギャップが縮小することがわかります(図参照)。どこかのタイミングでは細分化できない大きな塊とぶつかることもあるかもしれませんが、たいていのケースはこの手法で乗り越えることが可能です。
「対象」「基準」「方法」に分ける
では、具体的にどのように目標を分解していけば良いのでしょうか。コツはまず目標を「対象」と「基準」に分解すること、そのあとで「方法」に落とし込むことです。「対象」とはつまり、「それって何?」ということです。たとえば、「顧客満足度を上げる」という目標を掲げたいのであれば、顧客満足度とは何を指すのかという定義を決めることが重要です。ここがあいまいだと評価の際にずれが生じてしまいます。「基準」とは、「対象」を「どう見る?」ということです。どんな「ものさし」で測るのか。そのものさしでどの目盛を超えたら達成ラインなのか。そこが明確になっていないと、「できた」「できていない」の認識が評価者と被評価者のあいだで一致しません。
そして「方法」とは、具体的にどんな「行動」によって達成を狙うのかを指します。このように、目標を設定する際にまずは「対象」×「基準」×「方法」に分けて捉え、そのうえでそれぞれを分解していきます。
分解する際には、「量と質」あるいは「プロセスと結果」という観点を用いるとうまくいくケースが多いです。先ほどの「顧客満足度を上げる」を例にして考えてみましょう。
まず「対象」の分解では、「プロセス」満足度と「結果」満足度に分解することもできるし、「量」(何社の顧客に満足してもらえたか)と「質」(大いに満足してもらえたか)という分解もできます。
1社の顧客を深く長く担当するような業務なら、「プロセスと結果」がフィットするでしょうし、たくさんの顧客を並行して対応する業務なら、顧客ごとにムラがあっては困るので「量と質」の方がフィットするかもしれません。
大事なのは、狙って高めてほしい成果や能力にフォーカスしやすくすることです。
次に「基準」の分解です。「量×質」の観点で言うなら、顧客満足度を測るお客様アンケートにおいて、担当顧客10社のうち7社以上(量)で、満足度10点満点のうち8点以上(質)の回答を得る、などが一例です。
量=社数、質=アンケート結果という「ものさし」を置き、7社以上×8点以上という「目盛」について合意する。ここまで分解して合意すれば、部下とのあいだで認識がずれることはないでしょう。
最後に「方法」ですが、実はここが一番大事です。認識のずれがないよう評価を運用するだけなら、そこまでこだわる必要はありません。しかし、部下に成果を出してもらいたい、成長してもらいたい、良いチームを共につくりたいと思うなら、達成可能性が高まるような「方法」まで共に話し合い具体化することが重要です。
先ほどの例で続けるなら、「7社以上から満足度8点以上」を達成する確率を上げるには、どんな行動が有効でしょうか。
これは、その部下のこれまでの実績や能力レベルによります。たとえば、質にこだわりがあるけれど量の意識が弱い部下であれば、質を落とさず量を増やせるように、「業務標準化・雛形化による効率改善を毎月5つ以上やる」「問い合わせ対応のノウハウを可視化し、対応時間を〇%短縮する」など、効率向上によって「量」向上の達成可能性を高めていくのが良いでしょう。逆に量は追求するけれど質にムラがある部下であれば、「ミス発生率〇%低減」や「ダブルチェック実施率」などが効果的です。
このように、「顧客満足度を上げる」は目標として大きすぎるので、マネジャーが「どういう具体的行動を促したいのか」を考え分解することが肝心です。ちなみに、要素分解する際は、対極にある2つくらいの言葉に分解してみるとフィットしやすいでしょう。
前述した「量」×「質」もそうですが、一方を上げようとすると、もう一方が下がりやすい(量を増やせば質が落ちる、質を上げれば量が減る)、でもいずれはどちらも高いレベルを求めたい、というように相反する要素に分解するのです。
たとえば、「量」と「質」を少し異なる観点から捉えた、「打席数×打率」。特に若いうちは、まだ経験が浅いので、たくさん「打席に立つ」、つまりたくさんチャレンジする機会が必要になります。若手に質を意識させると、ただでさえ打率が低いのになかなかバットを振らないので、成功する確率が極めて低くなってしまう。"昭和"の「24時間戦えますか」という時代はどちらかというと、とにかく打席を増やし、当たるまでひたすらがんばるという考え方が根強くありました。「寝なけりゃいいでしょ、そうすれば打席数を増やせるよ」と。
しかし、もうそんな時代ではありません。"昭和"の時代は時間が無尽蔵にあるような意識でいたかもしれませんが、いまや時間は有限(いや、実は昔からそうなんですが)。となると、限られた時間をどう配分し、どこに投下するのか。時間をつくるために何を「やめる」のか。そこを工夫することで打席数を増やすしかありません。 一方で、打席数を確保しても、バットの持ち方が逆だったら打席に立つことすら意味がなくなってしまいます。どういう打ち方や構えをすると打率が上がるかを分析し、成功の確率を上げていく必要があります。ひじが下がっていないか、軸足はどうか。そのように打ち方を「構造化」して分解することで、望ましい行動が見えてくるので、それを具体的な目標に落とし込んでいくのです。
「能力評価」は特に要素分解を!
目標の要素分解が特に役立つのが、「能力評価」です。というのも、「能力評価」は非常に難易度が高いため、評価者は悩まされがちだからです。
結果やプロセスがわりと明確な「業績評価」や、仕事に対する取り組み姿勢など行動で判断できる「情意評価」は具体化しやすいです。
しかし、「能力評価」は「どんな行動をしたか」ではなく「どんなスキルをどのレベルで備えているか、それをどれだけ伸ばしたか」という項目です。
「毎日●●しました」と言われても、実際に能力が上がったかどうかは別です。スポーツの世界なら、体脂肪率が何%落ちました、筋肉量が 10%上がりました、ホームランの飛距離が5mアップしました、といったように身体能力の変化を定量化しやすいのですが、ビジネススキルは定量化が難しいのです。「コミュニケーション力が15%アップしました!」とは言わないでしょう。
そのため、企業によっては、「うちの管理職には難しいから能力評価はやめよう」と、運用難度の高さから人事評価制度に組み込まないと決めるケースもあります。
とはいえ、多くの企業の評価シートに、「リーダーシップ」「コミュニケーション力」「課題解決力」といった能力評価項目がずらりと並べられているのが現実です。
とかく評価は、最終結果に引っ張られがちです。たとえば、「企画力」の向上を目指している際、「複数のコンペで提案をして受注を勝ち取りました」という結果に基づき、「企画力を伸ばすことができました」と本人はアピールするかもしれません。ですが、本当に企画力がついたかどうかというと、残念ながらそうとも限らないのです。先輩がかなり助けてくれたかもしれないし、競合が弱かったのかもしれない。もしかしたら、企画力ではないほかの要素がクライアントに評価されたのかもしれない。
そうすると、企画力とは何か、何ができたら「企画力が向上した」と言えるのかという「対象」をすり合わせる必要があります。次に、それをどう測るのか、能力を伸ばすためにどんな行動を続けるのかなどの「基準」「方法」も具体化すべきです。
となるとやはり有効なのは、本節でお伝えしてきた「要素分解」です。人事評価項目に挙げられる言葉はたいてい抽象度が高く、そのまま運用するのは難しいので、その能力は「何×何なの?」と、まず「対象」を2つか3つに分解してみることです。
ただし、「能力」の要素分解は、一筋縄ではいきません。「企画力とは?」「リーダーシップとは?」という問いに1つの明確な定義があるわけではなく、さまざまな専門家や著名人が、ビジネス書などを通じて持論を述べています。そのような考え方を参考にしつつ、目の前の部下が直面している業務状況において、伸ばしてほしい"ビジネス筋力"は何かを上司として自分なりに考え、分解していくことが求められます。
こうして考える行為がマネジャー自身の能力向上、部下育成力の向上につながるので、「マネジャーとしての成長課題」と捉えて、取り組んでみてもらいたいと思います。
ただ、「自分なりに考えてください」だけではあまりに乱暴ですので、要素分解の事例集をご用意しました(本書巻末付録1)。私が多くの企業を見てきたなかで、よく見られた能力評価項目をピックアップしてありますので、ぜひ参考にしてみてください。
行動に落とし込めば、再現力を手にできる
「対象」や「基準」について認識がずれないようにすることが前提なのですが、最終的に重要なのは、「どのような行動を増やせばその能力が伸びやすいか」「いかに行動に落とし込んで、再現性を高めることができるか」という「方法」の視点です。
たとえば「論理的思考力」を伸ばしたいという若手なら、「速さ」と「深さ」に分解してみる。「速さ」なら、「会議で議論するときは、1分以内に自分の意見を根拠とセットで言う」などが考えられます。一方「深さ」は、深く考えるための思考法を見える形で習慣化する、たとえばロジカルシンキングのフレームワークである「『WHYツリー』を、顧客向け資料を作成する前に毎回準備する」など。
ただ、意味のない行動を増やしても仕方ないので、どういう行動を増やせば、どういう時間の使い方をすればその能力を伸ばしやすいか(同時に業務成果にもつながるか)を検討していくことが大事です。評価しやすくする(評価されやすくする)、成長しやすくする(成長してもらいやすくする)ためには、行動に落とし込むことが必要なのです。
また、目標を分解してすり合わせる際に大事なのは、相手の特性を踏まえることです。質にこだわる人は量を出すのが苦手だったり、量を出せる人は質をあまり意識していなかったりするなど、人それぞれ得意不得意があります。それを理解したうえで目標設定することが大切です。この「相手の特性を踏まえる」ことについては本書で詳しく触れます。
分解する切り口は、最初はそれほど正確でなくても大丈夫です。繰り返し行ううちに徐々に精度が上がっていく。そこがマネジャーの腕の見せどころです。
自分たちのチームや部署に課せられた抽象度の高い大きな目標を、どれだけ分解して、部下が行動しやすい形にしていけるか。目標設定において、部下と一緒にそのような分解をしていけると、その思考プロセスがメンバーにも浸透します。そして日々の行動のなかでも、「分解して行動レベルに落とし、確実に実践していく」というサイクルにつながり、目標設定がしやすい職場になっていきます。