広がる「複業」、進む企業と遅れる企業の二極化
副業、兼業、複業——。多様な働き方が広がる中で、これらの言葉を耳にする機会は増えている。だが実際には、企業側も働く側もその違いを正確に理解していないケースも少なくない。まずは用語の定義から整理しておきたい。
一般的に「副業」とは、本業を持ちながら空いた時間に別の仕事を行うスタイルを指す。「兼業」は、複数の職業を同時に、ほぼ同等の比重で担うスタイル。一方「複業」は、多様な価値の創造を目指し、複数の職業に主体的に取り組む働き方だ。(本レポートでは「複業」を、副業・兼業を含めた広義の意味で用いている)
本セッションでファシリテーターを務めた、コクヨ イノベーションセンターの嶋倉幸平氏は次のように語る。
「我々が外部環境分析や未来シナリオの策定を担当していた2017年ごろから、将来は多くのワーカーがパラレルワークを選択し、『複業』で自己実現を図る人たちが増えていくと予測していました。今まさに、その流れが現実になりつつある。今後も“複業”に取り組む人たちは確実に増えていくと考えています」(嶋倉氏)

嶋倉 幸平(しまくら こうへい)氏
コクヨ株式会社 経営企画本部 イノベーションセンター Unite編成ユニット
2002年コクヨ入社。法人営業部門にて、大手法人のオフィス構築・働き方変革事業に従事。2017年より経営企画本部にて、長期戦略における外部環境分析を担当。その後新しい働き方の実証実験機関の立ち上げや、高速無線通信・ロボット・AIを取り入れたサービスの研究開発に従事。現在はイノベーションセンター全体のマーケティング機能設計を担う。
この背景には、働き方改革やテレワークの普及、大手企業を中心とした副業解禁の動きがある。一方で、多くの企業では深刻な人材不足が続いており、正社員採用だけでは立ち行かない状況に直面している。特にDXやマーケティングなど、専門スキルを要する分野では採用競争が激化しているのが実情だ。
こうした需要に応えるように多種多様なマッチングサービスが登場しているが、実際の複業人材の活用状況はどうだろうか。
大阪信用金庫が実施した調査によると、「複業人材の活用について知っている」と答えた企業は16.3%にとどまり、認知はまだ十分とはいえないようだ。

一方で、大阪産業局が支援する複業マッチング件数は、2024年度に前年比210%と大きく伸長。現場レベルでは、着実に複業人材との協働が広がりつつある。

大阪産業局 HR戦略部 チームリーダーの高井宏至氏は、こうした状況を「二極化」と表現する。
「複業人材の活用を進めている企業と、そうではない企業との差は明確になってきています。一度活用した企業はさらに受け入れを進め、活用の幅も広がっていく。一方で、最初の一歩を踏み出せず足踏みしている企業も多い。私たちはそうした中小企業に対して、複業人材の活用を提案しています。
実際に募集をかけると、1案件に20〜30人の応募があることも珍しくありません。これほど反応があるのは、複業ならではです。正社員募集で、これだけの手が挙がることはまずない。人材難に悩む企業にとっては大きなチャンスだと思います」(高井氏)

高井 宏至(たかい こうじ)氏
公益財団法人大阪産業局 HR戦略部 人材戦略推進チーム リーダー
2018年入職以来、内閣府「プロフェッショナル人材事業」、中小企業庁「地域中小企業人材確保支援等事業」大阪府「外国人材マッチングプラットフォーム事業」など一貫して人材に関する事業を担当し、大阪府内中小企業の課題解決にむけた多様な人材活用支援を実施している。
変化を起こせる組織とそうでない組織の違いとは
また、同局が実施したアンケートでは、「複業ワーカーの受け入れに成果があった」と回答した企業は79%にのぼる一方で、「社内のメンバーの変化はなかった」と回答したのが54%と過半数に達している。

この結果に対して、同局でスタートアップ支援を担当する江邉信太郎氏は、成果の分かれ目は社内の巻き込み方にあると話す。
「一定の業務をそのまま複業担当者に渡し、『あとはよろしく』と丸投げしてしまうと、成果も出にくく、社内メンバーにも変化は起きません。
一方で、社内に『複業人材から知見をためて、将来的には社内で自走したい』など明確な目的を持ち、チームを組成して複業者にリーダーとして推進してもらう体制があれば、成果にもつながるし、社内のモチベーションや知見も確実に高まっていきます。
いかに社内メンバーを巻き込んで、複業者のノウハウを組織に還元していくか。そこに成功の鍵があります」(江邉氏)

江邉 信太郎(えべ しんたろう)氏
公益財団法人大阪産業局 スタートアップ支援事業部 兼 HR戦略部 コーディネーター
大学卒業後、人材大手のパソナにて中小企業を中心に採用支援業務に従事。個人事業主を経験後、京都大学の事務職員として学生の就職支援を担当。その後4年間ベンチャー企業での採用責任者を経て公益財団法人大阪産業局へ。関西圏のスタートアップに特化した採用相談窓口【SUG(SU Grow)】を立上げ、責任者を務める。2025年4月からはスタートアップ支援事業部に異動し大学発を中心とした ディープテックスタートアップの発掘と成長支援に携わる。
つまり、複業人材を「共創のパートナー」として迎え入れ、社内に変化を起こす仕組みを持てるかどうかが、活用の成否を分ける重要なポイントとなる。
複業人材の活用は、事業成長だけでなく人材育成にも寄与
大阪産業局の調査によると、「今後も積極的に複業人材を活用したい」と回答した企業は約79%にのぼるという。多くの企業がその可能性に前向きな姿勢を示していることが分かる。

しかし一方で、「延長・更新しなかった」と答えた企業も49%に達しており、けっして少なくない。ではこの数字をどのように捉えるべきだろうか。
「これはけっしてネガティブなことではありません。事業にはフェーズがあり、それぞれの局面で必要とされるスキルは異なります。たとえば、新商品開発や新規事業の立ち上げなど、特定のタイミングで専門性を必要とするケースは多い。
だからこそ、フェーズごとに複業人材のスキルを活用できるのは、正社員採用にはない大きな利点です。延長や更新をしないということは、1つのフェーズが完了し、次に進んだというポジティブな側面もある。実際に“今後も活用したい”と考える企業が多いのは、その表れだと思います」」(高井氏)
このように、複業人材の活用はリソース補完にとどまらず、企業の変化点において必要なスキルを柔軟に取り入れる手段として期待されている。それは、人材育成の観点からも同様だ。
「多くの企業では、社員を社外に出して経験を積ませるような機会を十分に提供できないのが現実です。そうした中で、“外の人”を社内に迎え入れるという逆転の発想が有効です。
複業人材と共に働くことで、社内メンバーが新たな視点や刺激を受け、スキルアップや意識変革につながるケースが増えています。結果的に、複業の導入が“社内育成”にも寄与していると感じます」(江邉氏)
複業の効果を高めるために準備しておくべきこと
一方で、複業人材の多くがリモートワークを前提としていることから、新たな課題も浮かび上がっている。
「複業人材は基本的にオンラインでの関与が前提です。だからこそ、自社の課題をしっかり棚卸しし、何を社外に任せ、何を社内で担うべきかを見極めることが重要です。業務によってはリアルでなければ解決できない課題もある。その線引きを丁寧に行うことで、複業の効果はさらに高まると思いますね」(高井氏)
複業人材を“変化の触媒”としてどう迎え入れるか。フェーズごとの柔軟な起用、社内への知見の波及、そしてリモート時代に即した課題設定。これらを戦略的に設計できるかどうかが、複業活用の成否を分ける分岐点となるだろう。
次章では、そうした仕組みを制度として実装した、コクヨの越境プラットフォーム「pandoor」の実践例を紹介していく。
対面・現場伴走を組み込んだ越境設計で、「成長」と「解決」の両立を実現
創業120周年を迎えたコクヨは、パーパス「ワクワクする未来のワークとライフをヨコクする。」を掲げ、事業領域を着実に拡大している。ステーショナリー事業やオフィス家具、流通といった「働く・学ぶ」を支える基幹事業に加え、近年では人材育成など“自律協働社会”に向けた取り組みにも力を入れている。
それを象徴しているのが、社内越境プログラム「KOKUYO 20% Challenge Program」だ。コクヨ内の部門を越えてメンバーが週1日・業務時間の20%を使い、別部門のプロジェクトに参加する制度で、すでに6期目を迎えている。2024年からは越境先を社外・海外にも拡張し、社内外の多様な視点を掛け合わせた実践が加速している。
この取り組みから得た知見をもとに、同社ではHRソリューションとして次の2つのサービスを展開している。
企業間越境プログラムサービス
事業課題を抱える「受入企業」が挑戦の機会を提供し、「送出企業(所属企業)」は人材の成長を促す。双方にとってWin-Winの関係となる“企業間複業”の仕組みだ。異なる企業に所属する2人のワーカーがペアを組み、6ヵ月間にわたり週1日(稼働率20%)で受入企業の業務に取り組む。
このサービスの特徴は、あくまでも“リアル”な関与に重きを置いている点にある。社内のカルチャーや風土改革など、オンラインでは介入しづらい領域にアプローチできるのが魅力だ。
受入企業側は、比較的リーズナブルな費用で専門スキルを持つ人材のリアル支援(対面/現地伴走)を受けられ、費用はマッチング成立後に発生する仕組みのため、導入のハードルも低い。
また送出企業側には、プロメンターによるメンタリングやアセスメントによる成長の可視化など、人材開発面でのメリットも大きい。これにより、越境経験を通じてワーカー自身のキャリア意識や視座も大きく広がっているという。
導入フローは次図のとおりである。

さらに、実際に受入企業から寄せられる業務課題は、幅広い領域や職種にわたっている。

複業エージェントサービス
2025年6月に新たにローンチされた「複業エージェントサービス」は、これまで高額な報酬でハイスペックな人材を雇うしかなかった領域、たとえば新規事業開発やイノベーション創出といった複雑な課題に対し、最適なスキルを持つ人材をタイミングよくマッチングできるサービスだ。
すでに登録者の約7割が大手企業に籍を置く複業ワーカーで構成されており、そのスキルと実践力を活かして、スタートアップや中堅企業の新たな挑戦を後押ししている。
導入フローは次図のとおりである。

“働く環境や空間”へのまなざしを“人”にも活かしていく
セッションの最後、嶋倉氏は次のように締めくくった。
「コクヨが人材サービスを手がけるのは、少し意外に思われるかもしれません。しかし私たちは長年、“働く環境や空間”を見つめてきた会社です。そこで培った知見やノウハウを、これからは“人”に対しても活かし、お客様から信頼される存在でありたいと考えています。
複業人材の活用は、新しい人材登用の形です。人材難の時代においてこそ、越境協働を通じて未来の成長をともに描いていけるのではないでしょうか」(嶋倉氏)

人材難時代の新たな越境協働戦略に取り組もう!
組織を越えた挑戦が、個人も企業も強くする。あたらしい成長のカタチ、コクヨの越境プラットフォーム「pandoor」。働き方をみつめてきたコクヨが提案する、人材難時代の新たな越境協働戦略をpandoor 公式サイトでチェック!