人事に吹く2つの追い風とは

熊谷 私がよく耳にするのは、会社の事業戦略や目指す方向と、個人のキャリアに対する価値観や伸ばしたいスキルがひも付かないという課題です。
永島 ケースバイケースではありますが、その問題の本質は、人事が事業とその戦略を理解していないことにあると思いますね。
たとえば、IT企業の従業員が「新規事業としてラーメン屋をやりたい」と言い出したら、悩むまでもなく「それは個人でがんばって」と言うしかないじゃないですか。でも、人事がきちんと事業戦略を理解して、事業が目指すゴールをその従業員に正しく伝えることができていれば、その方向に向かって従業員をモチベートできるはずなんです。目の前の仕事しか見えていなくて将来が不安になっている人がいるなら、「会社はこっちに向かっていくから、こんなところであなたの力を発揮できるんじゃない?」と示してあげることもできます。
熊谷 たしかに、そうですね。
永島 僕が会社選びやキャリアの考え方のポイントとして伝えているのは、「過去と未来と現在の自分の市場価値」を線で結んだ三角形を最大化できる企業を選ぶべきだということです。そのために人事は自社の中長期ビジョンをしっかり理解しておかなければならないし、部下とそういうコミュニケーションを取れる上司を育てておく必要もある。

熊谷 とはいえ、人事は忙しすぎて「目の前のレンガを積むだけで精一杯」という話[1]も聞きますよね。
注
[1]: 「3人のレンガ職人」という寓話を引いている。1人目は目の前のレンガを積んでいるだけだと言い、2人目は家族を養うために壁をつくっていると言い、3人目は歴史に残る大聖堂をつくっていると言ったというこの寓話は、仕事に対して高い視点・意識を持つことの大切さを説いている。
永島 そこで人的資本経営が追い風になると思うんですよ。人材開発への投資は経営マターであると明言されたわけですから、“未来”をつくるCHROを立てて、“現在”を回す人事と役割分担しやすくなったはずだし、経営戦略と事業戦略が連動した先に人事戦略があると示されたわけだから、人事に事業部門を巻き込みやすくもなるはず。
それに、これまで人事が忙しかったのは、やみくもに多くの種類のPlan&Doを繰り返していたからだと思うんです。マーケティングと違い、人事は施策の結果がすぐに分からないので、良かったか悪かったかさえ曖昧なまま、次から次へと施策に追われ続けるしかなかった。けれども、今はタレントマネジメントシステムやAIといったテクノロジーがあります。人事の世界で自動化によって作業を減らしていくことは可能になってきています。
そうして自動化した先で人事の方々に専念していただきたいのが、単なる施策の実行ではなく、組織の中で「どのような関係性をデザインし、何を実現していくのか」を描くことです。そうした関係性のデザインは、人事にとって本来最もクリエイティブで、楽しい部分のはず。
ギフティさんも、単にデジタルギフトを提供しているのではなく、ギフトを介して「関係性を滑らかにする」ことを標榜していらっしゃいます。まさに人事も、組織内外の関係性を設計し、育む役割を担っています。AIやテクノロジーの力を借りることで、その本質的な仕事により多くの時間とエネルギーを注げるようになるでしょう。
事業環境が複雑化し、価値観の多様性が増すいま、人事の価値はますます高まり、多忙さも増していきます。だからこそ、テクノロジーを活用して日常業務を効率化し、関係性をデザインするという創造的な部分を楽しんでほしいと思います。
熊谷 「人的資本経営」に加えて「テクノロジー」という2つの追い風で、人事の皆さまの専門性をさらに発揮できる環境が今後整っていくわけですね……。改めて、本日は貴重なお話をありがとうございました。