数字の裏側を読む「分析」の技術
サーベイを実施し、その結果を分析・整理することで、組織の現状を可視化することができます。これはこれで有効ではありますが、サーベイのゴールはきれいなレポートをつくることではありません。具体的なアクションを起こし、変化につなげることこそが本質です。分析で「何が起きているのか」のWhatを示し、フィードバックで「なぜそうなっているのか」のWhyを解き明かす。そして、「どうすべきか」のHowを組織に問いかける。これによって初めて、サーベイは組織を動かす力を持つことができます。
しかし、サーベイの結果として数字が出ると、どうしてもそれに振り回されがちです。スコアの上下に一喜一憂して、結局どこから手を付けてよいのか分からなくなる——人事や管理職の方なら経験があるでしょう。
重回帰分析など、複雑な統計手法を使うこともできます。ですが、本連載は「ピープルアナリティクス超入門!」でもあるので、ここでは扱いません。むしろ大切なのは、基本的な数字をどんなスタンスで読み取るかです。サーベイの設計がしっかりできていれば、難解な数式を用いなくとも、シンプルな視点で組織の動きを捉えられます。
そこでカギとなるのが、「トレンド」と「優先順位」という2つの視点です。
- トレンド組織が良い方向に向かっているのか、悪い方向に向かっているのか。その方向性とスピードをつかむ
- 優先順位数ある課題の中で、限られたリソースをどこに集中するかを判断する
この2つの視点を持つだけで、単なるスコアの羅列が組織を動かすヒントになります。
トレンドを捉える:数字を比べて意味を引き出す
サーベイの数字をそのまま眺めても意味はありません。大事なのは「何かと比較する」ことです。比較することで、その数字が高いのか低いのか、改善しているのか悪化しているのか、といった動きの意味をつかめます。
代表的な比較の切り口は次の3つです。
- 1時系列で比べる
- 過去のサーベイ結果と今回を比べることで、組織の変化が見えます。たとえば「昨年導入した管理職施策が上司に関するスコアをどれくらい押し上げたか」を検証する、といった具合です。この比較を有効にするには、設問を変えずに継続する「定点観測」が前提条件となります。また、組織改編があっても比較できるよう、データの持ち方を工夫する必要があります。
- 2属性で比べる
- 部署・職位・年齢層・勤続年数などの切り口でスコアを比較すると、全社平均では見えなかったセグメント間の温度差が浮かび上がります。たとえば「ワークライフバランス」のスコアが全社では平均的でも、一部の部署では改善し一部では急落、といった真逆の動きが見えるかもしれません。これにより、人事が集中すべきセグメントを選べます。
- 3想定値と比べる
- 今回が初めてのサーベイだったり、設問を大幅に変更したりした場合には、比較できる過去データがありません。この場合には、あらかじめ想定値や目標値を設定しておくことが有効です。「上司との関係性は4点以上が望ましい」といった水準を仮に置くだけでも、結果を解釈しやすくなります。
こうしてサーベイ結果を比較することで、数字は単なるスコアからストーリーを持ったデータへと変化します。
優先順位を見極める:影響度で課題の重みを判断する
サーベイの結果から課題を読み取ろうとすると、ついスコアの低い項目に注目してしまいます。しかし、それが組織にとっての最優先課題とは限りません。重要ではない項目のスコアが低くても影響は限定的ですが、逆にエンゲージメントやパフォーマンスに大きな影響を持つ項目が平均点レベルにとどまっているなら、そここそ注力すべき課題です。
そこで役立つのが「ポートフォリオ分析」です。縦軸にサーベイのスコア(満足度)、横軸に重要度を置き、各項目をマトリクスにプロットします。
重要度の測り方はいくつかありますが、実務で有効なのは各項目とエンゲージメント指標(あるいは定着意向やパフォーマンス指標)との相関を算出する方法です。相関が高い項目ほど全体への影響が大きいと判断できます。
ポートフォリオ分析により、課題の優先順位は次のように整理されます。
- 重要度が高く、満足度が低い……最優先で重点改善すべき領域
- 重要度が高く、満足度が高い……強みとして維持すべき領域
- 重要度が低く、満足度が低い……改善してもインパクトは小さく低優先
- 重要度が低く、満足度が高い……維持はするが過剰投資は避ける

たとえば、時系列の分析で「営業部門のキャリアに関するスコアが前回より急落した」と分かったとします。さらにポートフォリオ分析によって「キャリアはエンゲージメントとの相関が高く、影響の大きい項目の1つ」と判明すれば、「営業部門に即時介入すべきだ」という、組織を動かす強い根拠になります。
人事や経営のリソースは限られています。限られたリソースをどこに投下するかを考えるとき、スコアの低い順ではなく、組織全体への影響度を踏まえることが欠かせません。
分析を通じて「どの課題に集中すべきか」を明確にできれば、次のステップであるフィードバックとアクションが、より具体的かつ説得力を持つものになります。