「このままでいい」という現状維持バイアスを打ち破る
「現状維持バイアス」とは、人が新しいことや変化を避けて、慣れ親しんだ現状を好む心理傾向のことです。特に、日々の業務で一定の成果を出し、大きな問題もなく過ごしている社員は、「このままでいい」という思考に陥りやすいものです。
しかし、VUCA(Volatility、Uncertainty、Complexity、Ambiguity)と呼ばれる予測困難なこの時代において、現状維持は後退を意味します。企業が存続し成長していくためには、社員1人ひとりが自ら変化し、成長していくことが求められます。
この「このままでいい」という状態は、一見安定しているように見えますが、実は次のような心理的な罠にはまっている可能性が高いのです[1]。
- 選択の麻痺(Choice Paralysis)
- 多くの選択肢があるために、どれを選べばいいか分からなくなり、結局「何もしない」という選択肢を選んでしまう心理です。キャリアの可能性が広がる現代だからこそ、この罠にはまりやすくなっています。
- 損失に対する嫌悪(Loss Aversion)
- 新しい挑戦によって何かを失うかもしれないという恐怖が、新しいものを手に入れることへの期待を上回ってしまう傾向です。異動などの変化に伴うリスクを嫌い、慣れている現状にとどまるほうが安全だと判断します。
- 先行経験(Mere Exposure Effect)
- 過去に経験した成功体験や慣れ親しんだ環境から離れられなくなる心理です。これまでのやり方や考え方に固執してしまい、新たな学びや成長の機会を自ら手放してしまいます。
- サンクコスト効果(Sunk Cost Fallacy)
- これまでに費やしてきた時間や労力、お金がもったいないと感じ、非合理だと分かっていても同じ状況を続けてしまう心理です。今のキャリアに投資してきた分、新しい道へ踏み出すことを躊躇してしまいます。
- 認識の不一致(Cognitive Dissonance)
- 未知の選択肢に直面したとき、自身の過去の認識と異なるため、不快に感じてしまう心理です。この不快感を避けるために、慣れ親しんだ過去の認識に沿った判断をしてしまいがちです。
注
[1]: 参考文献:ダニエル・カーネマン著、村井章子訳『ファスト&スロー(下)』(早川書房、2014年)
これらのバイアスは、無意識のうちに私たちの行動を支配し、「現状維持」という名の「停滞」を招きます。自分では「このままでいい」と思っていても、市場や社会の変化から取り残され、気づけば「このままではいけない」という厳しい現実に直面するリスクをはらんでいるのです。

