2. 裁判所の判断
(1)本件懲戒解雇に至る経緯
①通勤手当の見直しの告知
Xは、平成10年11月頃から通勤経路を変更し、その後本件不正受給を続けていた。
Y社代表取締役は、平成15年7月24日、通勤手当の見直しをするとして、全従業員に対し、今後領収書または定期券のコピーを提出するように求めた。
提出しない限り通勤手当を支給しない旨、Y社内の全館放送によって告知し、翌25日付で同内容の書面を発出した。
これに対し、組合は、組合との通勤手当の支給方法に関する従前の取り扱いに関する合意を一方的に破棄するものであるとして、Y社に対し、団体交渉を求めるとともに、Xを含む分会所属の組合員(以下「分会員」)17名全員が定期券のコピーの提出を拒否した。
②通勤手当の支給の停止
Y社は、同月から、定期券のコピーを提出しない分会員に対し、通勤手当の支給を停止した。
同年9月1日付「通勤定期代に関する件」と題する書面により、Xほか1名に対し、過剰な定期代を支給していた疑いがあり、事実確認のため、同月8日までに上記コピーを提出するよう求めた。
組合は、Y社に対し、同月15日付「抗議申入書」と題する書面により、通勤手当の支払等とともに、団体交渉の開催を求めた。
さらに、同年10月13日付「抗議申入書」と題する書面により、同様に通勤手当の支払等を求めた。
各分会員の通勤経路およびその経路に基づく定期代を記載した「定期代申告書」と題する書面とともに、定期券のコピーに代えてインターネットの路線情報の経路および運賃検索結果を表示した書面を提出した。
Xも、組合を通じ、従前の通勤経路に基づいて「定期代申告書」および路線情報の書面を提出した。
③通勤手当の支給再開
Y社は、同月14日、分会員に対し、支給を停止していた3ヵ月分の通勤手当を支給した。
しかし、Xほか数名には、申告額よりも少ない額(Xの場合、申告額1ヵ月当たり4万3270円に対し、3万6460円の支給)であった。
組合は、同月26日、Y社に対し、通勤手当について過払いによる差額等の問題があれば後日精算することとして、まず申告額との差額を支払うよう申し入れた。
Xも、組合を通じて、「通勤費調査書」と題する書面を提出し、申請した定期代3ヵ月分の金額12万9810円と実際に支給された金額10万9380円の差額が2万430円ある旨を指摘した。
④Xとの面談
Y社は、同月31日、分会の役員らも同席したうえでXと面談した。
Xが変更後の通勤経路に基づいて定期券を購入している事実が記載されたK電鉄株式会社からの回答書のコピーを提示するなどして、通勤経路等について問いただした。
Xは、明確な説明をしなかった。
Y社は、分会役員から、組合問題なので改めて回答すると言われ、組合からの回答を待つこととした。
なお、その後組合およびXは、Y社に対し、申請した定期代と実際の支給額との差額を請求していない。
⑤団体交渉では不正受給について取り上げられず
同年11月29日および同年12月14日の団体交渉において、通勤手当の問題も取り上げられたが、本件不正受給の問題は取り上げられなかった。
さらに、平成16年1月22日、同月27日、同月30日、同年2月11日および同年3月12日に団体交渉等が行われたが、通勤手当の問題のほかにY社店舗の競売、分会員の配置転換の問題等の優先する課題についての交渉が中心であった。
その後、Y社は、Xに対し、何度か通勤経路等について説明をするよう求めたが、Xは、団体交渉における協議事項なので、団体交渉の場で回答すると答えるにとどまった。
⑥Xの懲戒解雇
Y社は、同年5月27日付書面により、Xに対し、Xが通勤定期代を虚偽請求していたことなどについて、同月31日までに説明するよう求め、回答がない場合、就業規則に則り相応の処分をする旨通告した。
これに対し、組合は、すみやかに団体交渉を行うよう求めた。
Y社は、同月31日、分会長に対し、Xの件についての組合の見解を文書で出してもらったうえで団体交渉を行いたいとの意向を示した。
分会は、同年6月11日付書面で、Xの通勤定期代の問題について、「当初、通勤費を割り出すベースについて、組合との協議の結果、公共機関である定期代の1ヵ月分を基盤として支払うと決定した。その際、最初に定期のコピーを提出すれば、その後は給料に組み込むということで、一番距離的にも合理性のある自宅〜上野間の金額を請求し、それをもとに支給された金額内での“通勤費”という解釈でいた」との回答を示した。
しかし、団体交渉が行われることなく、同月28日、本件懲戒解雇がなされた。
⑦通勤手当の差額返還を拒否
組合は、団体交渉において、同年7月19日、Y社に対し、本件不正受給にかかる通勤手当の差額を返還する意思がある旨申し出た。
Y社は、同月29日、差額は6万1290円であるとの見解を示したところ、組合は、同年8月13日、Y社に対し、組合の独自調査によりXの「思い違い」による定期代差額として現金34万7780円を持参して、その返還を申し出たが、Y社はこれを拒絶した。

