「お店が大好きと言ってもらえるように」 粟田社長の“ハピカン経営”への想い
会場では開演前から、参加者に配布されたリストバンド型ライトが音楽と連動して発光。司会者のコールに合わせてクラップやウェーブが生まれた。会場全体がライブ空間のような熱気に包まれ、参加者同士の一体感が高まっていく。
その熱量が最高潮に達したタイミングで、トリドールホールディングス 代表取締役社長 兼 CEOの粟田貴也氏が客席の後ろ側から登場。参加者の間を縫ってレッドカーペットを歩く姿は、格闘技の選手入場を思わせる演出だ。
ステージに立った粟田氏は、「お客さまに感動を届けるためには、まず働く人が幸せでなければならない」とスピーチを始めた。同社は、昨年9月に「従業員の“心”の幸せ」と「お客さまの“心”の感動」を共に重要な資本ととらえ、どちらの“心”も満たし続けることで持続的な事業成長を実現する新たな経営思想として「心的資本経営」を発表した[1]。従業員が幸福感(ハピネス)を持って働ける環境が整うことで内発的動機が育まれ、その力が顧客に感動(カンドウ)体験を生み出し、その感動が店舗の持続的な繁盛へとつながると考える。この好循環を「ハピカン繁盛サイクル」と定義している。
一方で、インフレ、人件費高騰、人手不足など、外食業界を取り巻く環境は厳しさを増している。粟田氏は、「40年間商売をしてきたが、これほどのインフレは経験したことがない」と率直な危機感を口にした。
しかし同社は、そのような環境下だからこそ、人への投資を重視する。
「お店から人が消えていく時代だからこそ、人が人をもてなすという価値を守りたい。デジタル化の波が外食産業の風景をいかに変えていこうとも、我々は勇気を持ってその時代に逆行していく」(粟田氏)

この考えのもと、同社は創業時から接客にこだわってきた。たとえば丸亀製麺では、オープンキッチンを採用するなど、手づくり・できたてを提供するとともに、顧客と自然なコミュニケーションが生まれる店舗づくりを推進している。
最後に粟田氏は、「現段階で考える“ハピネスのゴール”は、みんなにお店が大好きと言ってもらえる環境をつくりだすこと」だと強調した。
ハピネスは人の心のスイッチを入れ、スタッフが自らの思いで、自らの判断で行動するようになる。「人の内発的動機は全てを凌駕すると言っても過言でない」と述べる粟田氏。40年前の創業期を振り返り、マニュアルではなく、1人ひとりのスタッフが自らの思いで、顧客や仲間の気持ちになって起こした行動の積み重ねが今日につながったと感謝を述べ、「これからも、信じた道を皆さんと歩んでいく」と主張した。
白だしで乾杯!カラフルな法被や「圭一コール」など……「ハピカン繁盛アワード2026」受賞者の笑顔
熱い想いが共有された粟田氏のスピーチに続くのは、ハピカン経営の実践事例を表彰する「ハピカン繁盛アワード2026」だ。国内外の全拠点から寄せられた700件以上の“ハピネスから感動や繁盛を生み出した取り組み”から、21事例が選ばれた。ここでは、代表的な5つを紹介したい。
営業部門:丸亀製麺中日本「毎日の始まりは乾杯から!」【受賞者:桂山百合子氏(店長)、藤澤千花氏(店長)、井山さとみ氏(副店長)、石川益男氏】
本取り組みは、営業前の朝礼時にスタッフ全員で乾杯を行うというシンプルなものだ。従来は、営業前に作業の手が止まってしまうことから、朝礼に気の進まないスタッフが多い状況だったという。
しかし、夏はアクエリアス、冬は白だしで乾杯をすることで100%実施できるように。「乾杯するよ~」の声かけで始まる朝礼は、開店前に全員で「ちょっと一呼吸する時間」となった。今では朝礼は、パートナースタッフ(アルバイトやパートのスタッフのこと。以下、PS)同士のつながり感や安心感にも結び付いている。
また、毎日白だしを飲むことで味や風味の違いが分かるようになり、スタッフの出汁へのこだわりが深まった。「自信のある商品を提供したい」という想いから、店舗には商品のおすすめや挨拶が飛び交うようになり、活気と笑顔が生まれたという。
営業部門:肉のヤマ牛「はっぴでハッピー!肉祭りを盛り上げろ!」【受賞者:千葉洋志氏(店長)、井上奈々氏(PS)】
本企画は、「法被を着たら盛り上がるよね!」という井上氏の一言から始まった。井上氏の発言を聞いた千葉氏は社内に提案し、本部の協力のもと2025年6月の肉祭りで全店導入が実現。スタッフが法被を着用して接客するという一体感のある演出で、店舗のモチベーションが格段に向上したという。
また、法被を着ることでPSの接客にも活気が生まれ、顧客とのコミュニケーションが円滑に。ヤマ牛らしさの象徴である「商売人接客」に一役買い、肉祭りの日の1店舗当たりの平均日商が大幅にアップ、最高日商も4店舗同時更新という全店一丸の感動を生み出した。
オフィス部門:株式会社KONA'S「妥協知らずの伊藤圭一!」【受賞者:伊藤圭一氏(課長)】
伊藤氏は、KONA'Sの現場における課題と向き合い、さまざまな改善を行った。その中でも徹底したのは「教育の仕組み化」だ。
マニュアル、早見表、調理動画などを用意し, 各店舗に共有したことで、現場のスタッフの判断に迷いがなくなった。特に、店長になりたてのメンバーは最初にその価値を実感。「これでよいのだろうか?」という不安がなくなり、マニュアルを見れば、自信を持って判断できるようになったという。
さらに、KONA'Sとして同一の基準があることで、「商品の仕上がりが安定する」「店舗ごとのブレがなくなる」という効果も。再現性の高い体験を生み出す仕組みは、KONA'Sの“感動”を支えている。
海外部門「繁盛グランプリ大賞」感動部門:MARUGAME UDON(台湾)「ベジタリアンおでん」プロジェクト【受賞者:久田裕史氏(CEO)、Kennan Chang (ケン チャン)氏、Doris Yang(ドリス ヤン)氏】
台湾では、10人に1人がベジタリアンといわれるほど素食文化が根付いている。しかし当時の店舗では対応商品がなく、「ベジタリアンでも食べられますか」という顧客の声に応えられない状況が続いていた。さらに店舗では、売上低迷や廃棄ロス、オペレーション負荷といった課題も抱えていたという。
そこで2人は、現場の声をもとに試行錯誤を重ねながら商品開発とオペレーション改善を推進。開発した「ベジタリアンおでん」は多くの顧客から支持を獲得し、おでんの購入比率も向上。来店客数や客単価の向上につながった。
海外部門「繁盛グランプリ大賞」ハピネス部門:MARUGAME UDON(台湾)「『社員の笑顔』を生み出す人事部のアクション」【受賞者:久田裕史氏(CEO)、Vivian Chou(ビビアン チョウ)氏、Thina Chen(ティナ チェン)氏】
丸亀製麺が台湾に進出して以来、大きな課題の1つに離職率の高さがあった。改善施策を重ねても本質的な変化には至らない中、退職を考えていたスタッフとの対話が大きな転機となる。「丸亀製麺が嫌いなわけではない。でも、自分がここにいても何も変わらない気がする」という言葉から、離職の背景には“自分の存在を見てもらえていない孤独感”があることに気づかされたという。
そこから人事部は、離職率という数字だけを追うのではなく、「従業員が安心して笑顔で働ける環境づくり」を優先。店舗へ足を運び、スタッフとの対話を重視するようになった。さらに、新人のフォロー強化や退職者のヒアリング共有、福利厚生の充実など、具体的な改善策も推進。半年ごとに「KANDO」エピソードを共有する会や食事会も実施し、組織全体でつながりを深める文化づくりへ発展させた。
全国から5人のハピカンキャプテンが勢ぞろい!“仲間とつくるハピネスと感動”を語る
1日を締めくくるのは、全国の丸亀製麺でハピカンを体現するハピカンキャプテンのトークセッションだ。垂水店の原佳奈子氏、君津店の竪石清香氏、広島東雲店の伊澤智氏、酒田店の佐藤ようこ氏、春日井西山町店の山本洋子氏の5名が登壇し、それぞれの経験を語った。
まず問われたのは、「ハピネスと向き合う中で、仲間の心のスイッチが入ったなと感じた取り組み」だ。竪石氏が重視しているのは、「その人にあった役割を任せること」だという。面談を通じて適性を見極め、役割を任せ、その責任に対する頑張りを認めることで、スタッフの主体性が大きく変わっていったと振り返った。
また、「仲間の行動でお客さまの感動につながったエピソード」では、垂水店で毎年大晦日に実施しているメッセージカード企画を原氏が紹介。全スタッフで約600枚のカードを書き、大晦日に訪れた顧客へ感謝を伝えているという。
「国籍や母国語関係なく、みんながお客さまのことを考えながら一生懸命書いてくれています。これがきっかけで、スタッフ全員でなにかに取り組む文化が生まれました」(原氏)
伊澤氏も、子どもの日に開催したじゃんけん大会を紹介した。スタッフの発案で実現したこのイベントは、子どもには必ずグーを出し、大人とは本気で勝負するという。店舗には笑顔が溢れ、「大人が本気でじゃんけんしている姿が印象的だった」と伊澤氏は語った。
「自分がハピカンキャプテンに選ばれた理由」というテーマでは、佐藤氏が「できることもできないこともあったからこそ、仲間と一緒に成長できた」と振り返る。「完璧なリーダーではないからこそ、PSといっしょに泣いていっしょに笑った」と述べる佐藤氏は、その時間があったからこそ、PSが「あれをやってみたい」「これもやってみたい」と意見を言いやすい雰囲気につながったのではないかと語った。
また、山本氏は「お店が大好き」という想いが原動力だったと笑顔を見せる。
「お客さまに囲まれるのが楽しくて、丸亀製麺が大好きになりました。そのうち、どうしたらもっとお客さまがきてくれるんだろうと常に考えるようになって、そういう自分を上司が見てくれたのだと思います。今でも、自分が誰よりも笑顔で接客していますし、それが仲間にも伝わっているのだと思います」(山本氏)
最後は、「どうしても今日、皆さんとやりたい」という原氏の合図で、会場に「わっしょい!」と掛け声が響いた。会場全員が拳を突き上げ、大きな盛り上がりを見せた。
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今回印象的だったのは、「仲間を大切にしたい」「顧客をもっと喜ばせたい」という現場の想いが、店舗を動かし、最終的には成果へと結び付く事例がすでに多数生まれていたことである。
粟田氏は「時代に逆行する」と述べていたハピカン経営だが、従業員の幸せを起点に会社が成長する姿は、人的資本経営を推進する多くの企業にとって学びとなるだろう。

