1. 事件の概要
本件は、原告(以下「X」)が、被告(以下「A社」)に対し、未払時間外手当等を求めた事件です。
(1)当事者
Xは、A社の元従業員で、平成19年7月23日から平成22年7月31日までA社との間で雇用契約関係にありました。
A社は、各種書籍・雑誌の企画・編集(D社発行のパートワーク(週刊分冊百科)雑誌の編集・制作)を行うことを目的とした株式会社で、社員数約30名からなる編集プロダクションです。
(2)雇用契約の内容
Xは、平成19年7月23日にA社との間で、期限の定めのない雇用契約(以下「本件雇用契約」)を締結しました。本件雇用契約の主な内容は次のとおりです。
- ① 賃金(基本給):25万円(以下「本件基本給」)
- ② 締日及び支払日:毎月20日締め、同月末日払い
- ③ 所定労働時間 :午前10時30分から午後7時30分まで(うち1時間休憩)
- ④ 所定休日 :週休2日制(土曜日および日曜日)、国民の休日、年末年始、夏季休暇
- ⑤ 勤務地 :東京都文京区
(3)Xの勤務状況
Xは、平成19年7月23日、A社に入社し、主に「Aタイムズ」、「Bコレクション」、「Cコレクション」など、株式会社Dから依頼される分冊百科シリーズの編集・制作を担当しました。
平成21年8月からは、チームリーダーとして、「Bコレクション」の制作の統括を担当しました。
Xの実情として、全体として仕事量が多く、所定の出退社時刻(始業午前10時30分、終業午後7時30分)を守っていたのでは、担当の業務を終えることは不可能な状況でした。
(4)A社の出退勤管理
A社の代表者は、「締め切りまでに良い仕事さえすれば、勤務時間の使い方は自由で構わない」との考えを持っていました。
このことから、従業員の出退社管理に全くといってよいほど関心がなく、就業規則はもとより、タイムカードや出社簿なども全く存在していませんでした。
(5)Xによる出退社記録の保存
Xは、A社において全く出退社管理等が行われていないことに疑問を持ち、将来の残業代請求を視野に入れ、平成20年1月から、毎日、自らの出退社時刻を分単位まで手帳に記録するようになりました。
ただし、Xは、これだけでは証拠として客観性に欠けるように思えました。
そこでXは、「パソコンにファイルを保存すると、その時刻が自動的に記録される」という特性に着目しました。そして、同年7月頃から、手帳への記録に加え、出退社時ごとに、ソフト(LightWay)(以下「本件ソフト(LightWay)」)を立ち上げた上、A社から支給されたパソコン端末が管理する時計機能を利用して、その各出退社時刻を打刻し、これをパソコンのフォルダ内に保存する方法を採用しました。
これによりXの各出退社時刻は、手帳だけでなく、本件ソフト(LightWay)による電磁的記録としても保存・記録されました。
(6)XとA社代表者の話し合い
①1回目
Xは、依然、A社には就業規則を作成し、タイムカード等を設ける気配がうかがわれなかったことから、平成21年7月21日にA社代表者に対して話し合いを求めました。
そして、Xが、タイムカードや就業規則の作成を求めたところ、A社代表者は、「面倒だから」と言ってこれを一蹴した上、「タイムカードを設けても打刻する従業員はいない」とか、「始業時刻(午前10時30分)に遅刻した場合には、キャバクラみたいに罰金をとることになる」などと言い張りました。
これに対し、Xは、(タイムカードが設置されれば)「俺は押します……今、(自分の勤怠を)全部チェックしてるもん」であるとか、「罰金取るなら、残業代も請求しますね、俺は」などといって本件ソフト(LightWay)等の存在をほのめかしました。
しかし、A社代表者は、「残業代とか出したら、会社成立しないからな。この業界、全部そうだから」などと言って、Xの上記要望を全く聞き入れようとしませんでした。
②2回目
Xは、平成22年3月17日にも、A社代表者と面会し、タイムカードの設置を再度求め、「今のままでは残業代を請求されたら払わなければならない」などと説得を試みました。
しかし、A社代表者は、「請求されたらね」などといって、Xの上記説得を真剣に受けとめようとはせず、「……今なんか、ある時期から極端に、労働者の権利ばっかりに……強くなってきちゃっているじゃん」などと不満を述べました。
結局、タイムカードや就業規則の作成に応じる構えは、全く示しませんでした。