人材を「コスト」と捉えるのではなく、その人材が有する知識・技能・能力など(広義のスキル)を「資本」として捉え、その価値を最大化することで企業価値を向上させようとする「人的資本経営」の考え方が日本で広まりつつある。その背景には、海外での人的資本の開示義務化を起点としたグローバルスタンダードへの適応意識があるが、実際には開示への具体的な取り組みや根本の目的が曖昧に認識されたままの例も多いのではないだろうか。本記事では、SP総研代表としてHR領域におけるデータ活用やジョブ定義を広める民岡良氏と、Beatrust(ビートラスト)代表として社内のタレントコラボレーションを促進するプラットフォームを開発・提供する原邦雄氏が対談。複数のキャリアチェンジを経験し、現在は個人のスキルの可視化によって組織と個人の関係の再定義に取り組む両者が、改めて人的資本経営の本質や取り組みについて語り合った。
人的資本経営が見直される背景は「個人の生き方の持続可能性」
──さっそくですが、いま人的資本経営が求められている背景について、教えてください。
民岡良氏(以下、民岡) 人的資本経営について考える上で、一番基本的なキーワードとして挙げられるのは「持続可能性」だと考えています。これまで大きなテーマとして捉えられてきた環境問題だけではなく、社会や個人の働き方を含めた全てにおける持続可能性が、このままでよいのだろうかと立ち止まって世界的に見直されている現状がベースにあるということです。人的資本経営と聞くと途方もなく遠いことをいっているようで、表層的なブームとして捉えられがちですが、実は根底の軸は持続可能性にあるというところを忘れないで議論したいですね。
加えて、ここ2~3年のコロナ禍によって、ずっと続くと思っていたことがいきなり終わる事実を目の当たりにしたことにより、個人単位で働き方や生き方の持続可能性を問い直すことへの興味も深まったと感じています。
民岡 良(たみおか りょう)氏
株式会社SP総研 人事ソリューション・エヴァンジェリスト&CEO 一般社団法人HRテクノロジーコンソーシアム理事
慶應義塾大学経済学部卒。日本オラクル、SAPジャパン、日本IBM、ウイングアーク1stを経て、2021年5月にSP総研代表に就任。日本企業の人事部におけるデータ活用ならびにジョブ定義、スキル・コンピテンシー定義を促進させるための啓発活動に従事。現在は「持続可能な働き方」を追求するためのコンサルティングサービスを提供し、ISO30414をベースとした「人的資本開示」の取り組みについても造詣が深い。HR関連の様々なセミナーへの登壇実績多数。著書に『経営戦略としての人的資本開示』(⼀般社団法⼈HRテクノロジーコンソーシアム編、共著)など。
原邦雄氏(以下、原) おっしゃるとおりですね。このような状況では、まず個人単位で人を成長させることを意識していかなければ、会社の成長にも結びつかないということですね。
原 邦雄(はら くにお)氏
Beatrust株式会社 代表取締役CEO
慶応義塾大学卒業後、住友商事に入社。1989年米国コロンビア大学でMBA取得。その後ソフトバンクで事業開発に従事した後、シリコンバレーに居を移し、米国シリコングラフィックス社に勤務、2000年にスタートアップ向けビジネス開発のコンサルティング会社を現地で創業・経営。シリコンバレー在住10年を経て、オンラインマーケティングのベンチャー企業を設立。事業譲渡後、日本マイクロソフトの広告営業日本代表などを経てグーグルへ入社。執行役員 営業本部長として主に広告代理店営業を統括。2018年から同社にて各種組織横断的戦略プロジェクトをリード。グーグルでの経験から社内イノベーションを創出するデジタルインフラの必要性を感じ、2020年3月、タレントコラボレーションツールを提供するBeatrustを共同創業。
民岡 はい。とはいえ、会社の成長が続くようにするためには、無理させることなく個人の成長を促す必要がありますね。