1. 事件の概要
原告(以下「Y社」)が被告(以下「X」)に対し、雇用契約に基づく債務の履行として、サイニングボーナス(=入社時に支払う一時金)200万円および不法行為に基づく損害賠償等の支払いを求めた事案です。
今回は、さまざまな争点の中から、サイニングボーナスについて取り上げます。
(1)当事者
①原告Y社
Y社は、写真機、写真材料サングラスその他の光学・精密・機械・電子製品および光化学製品等の製造、組み立て、売買および輸出入等を主たる目的とする株式会社であり、米国の会社(以下「米国会社」)の100パーセント子会社です。
平成12年当時、Y社の取締役総務人事部長は、I(以下「I部長」)でした。
なお、米国会社は、平成13年10月12日に日本の会社更生法にあたる米国連邦破産法第11章(チャプターイレブン)の適用を申請し、受理されましたが、平成14年8月1日以降、支援会社によって設立された新法人に事業を引き継ぐ形式をとって、経営を続けていました。
②被告X
Xは、昭和42年8月26日生まれの男性です。平成3年3月に早稲田大学政治経済学部を卒業し、洗濯洗浄関連製品、紙製品などの販売、研究開発業のPインクで約3年間勤務後、米国に留学し、平成8年には同国ノースウェスタン大学ケロッグ大学院にてMBA(経営学修士号)を取得しました。
帰国後、Xは、日本H株式会社で2年半勤務し、その間、営業関係の部門で部長としてインクジェットプリンターの事業展開に取り組みました。
さらに、平成11年1月から約1年半、D株式会社において営業部部長を勤め、平成12年8月からは投資関連のベンチャー企業であるZ株式会社(以下「Z社」)に執行役員として勤務していました。
(2)Y社とXの雇用契約等
平成13年5月15日、XはY社との間で、同年7月1日付でXをY社の従業員として採用する旨の雇用契約(以下「本件雇用契約」という)を締結し、Y社のデジタルカメラ販売計画策定等の業務に従事しました。
本件雇用契約におけるY社の報酬(賃金)に関する約定(以下「本件報酬約定」)は、次のとおりでした。
①現金報酬総額
平成13年度は、年間1650万円でした。給与の見直しは1年ごとに行うこととし、初回の見直しは平成14年4月前後の予定でした。
②サイニングボーナス
雇用開始後、Y社はXに直ちに200万円を支払うこととしました。Xが雇用開始日から1年以内に、自発的に(英語の原文では「voluntarily」と表記)Y社を退職した場合には、これをY社に全額返還することとしていました。
③インセンティブボーナス
XはY社の「インセンティブボーナスプログラム」の対象となることとしていました。平成13年度の賞与は、平成13年7月1日を雇用開始日とすると、日割計算で123万7500円が支払われる予定でした。
④長期報酬制度
XはY社の「長期報奨制度」の対象となることとしていました。雇用開始日以降、別途締結する契約の条件に基づき、750株分のストックオプションから分与される予定でした。
⑤通勤手当
Xの自宅からY社までの通勤にかかる費用を、合理的な範囲で、月額支給することとしていました。
(3)サイニングボーナスを支給
Y社は、本件雇用契約(本件報酬約定)に基づき、平成13年7月23日頃、Xに、本件サイニングボーナスとして200万円を支払いました。
(4)Xの退職等
Xは、平成13年12月15日、Y社を退職しました。
Xは、Y社退職後、Y社が返還を求めているにもかかわらず、本件サイニングボーナス200万円をY社に返還していません。