企業のメッセージと実態に矛盾があったAさんの事例
論文からの引用はここまでにして、ここからは実例をお伝えしましょう。
企業のコーポレートページに、「私たちは多様性を重んじる企業です」という言葉や「くるみん/えるぼし認定の取得」を大きく掲げていたり、統合報告書でステークホルダー向けにDE&I関連のコンテンツを出していたりする企業でも、次のような実態があるケースがあります。
- ガラスの天井がある(例:部長以上に育児経験のある女性がいない)
- 昇進を約束されていたが、妊娠と同時にそのはしごが外されてしまった
- スキル要件を満たしていても、(上長より低い年齢の人しか採用できないといった理由などを背景に)年齢要件が狭くなっており、本当は活躍できるはずの優秀な候補者が弾かれてしまう
ここで、過去に筆者がキャリア面談をした女性Aさんの事例を取り上げてみます。なお、複数の類似事例の要素を組み合わせて紹介しています。
Aさんは、東証プライム上場企業に在籍されている20代後半の女性です。同社は、くるみん/えるぼし認定を取得し、コーポレートサイトや統合報告書にも女性活躍のデータや記事コンテンツが大きく掲載されています。Aさんは、育児中の女性社員Bさんのインタビュー記事を読んで、育児と両立しながら仕事でも活躍する姿に、自身の将来を重ねていたそうです。
しかし、あるときBさんが在籍する支社に出向く機会があり、そのフロアを訪れたところ、記事では華々しい活躍が書かれていたのにもかかわらず、実際は自分のデスクも持たせてもらえず、オフィスの隅のほうで追いやられるかのように仕事されていたそうです。
Aさんは、その様子をみて次のように話していました。
「傍から見ても肩身が狭そうであることが伝わってきました。記事で取り上げられていた内容は実態を伴っていなかったのだと感じました。自分が今後ライフイベントを迎えたときに、この職場でキャリアを伸ばすことはできないことを悟って、転職を決意しました」
「求める人材」の言葉1つで応募意欲が変わる
男性でも同じような背景で転職を決意された事例があります。
“求める人材:カオス環境においても貪欲で野心的、大胆な変化をし続けられる人”
募集要項のこの表現をみて、大手企業のグループ企業やスタートアップで管理職経験のある男性Cさんは、こう話します。
「新しいことを学んだり挑戦したりするのは好きですし、これまでもやってきたのですが、あえて募集要項にこの言葉を書いている企業には、今回の転職で応募したいとは思えません」
はたしてCさんは、なぜそう思ったのでしょうか。
Cさんは、子どもが生まれる前はこの言葉に特に反応しなかっただろうといいます。しかし、今は正社員で働くパートナーと育児や家事を分担する中で、ライフとキャリアをトレードオフにする環境では、持続的に働くことが難しいと感じられているとのことでした。そして、この募集要項の「求める人材」の言葉を見たときに、おそらくこの組織には育児をしながら仕事にもコミットメントしている人はいないだろう、自分の居場所はなさそうだと想像したとのことでした。
ここで、最初に紹介したGFKの研究論文に戻って考えてみます。論文では、「候補者がその仕事を魅力的に感じるかどうか」に影響しているのは、「個人的スキルの有無」ではなく、「自分と同じような(社会的帰属の)人がその組織にいそうかいなさそうか」であることが述べられていました。GFKの論文は、あくまで性別というフレームの中での見解にとどまっていましたが、Cさんの言葉を聞くに、性別に関わりなく、育児中の候補者において同様の傾向は存在するようです。
しかし、だからといって「ワーママが活躍中」「パパも活躍中」といった文言を求人広告に記載すればよいのかというと、そうではありません。
企業においてマイノリティになりがちなグループをあからさまに表現することは、組織の中で特別視されていると想起され、慈悲的性差別(マイノリティや異性に対する思い込みが差別につながること)があることを候補者に暗に伝えることになるからです。