社員のサステナブルキャリアを困難にする、企業の「ある側面」とは
——石山さんは、個人のサステナブルキャリアを困難にする要素として、企業の「家父長制的側面」があると指摘されています。これは、どういうことでしょうか。
ここでいう企業の家父長制的側面とは、社員が企業に従属するものとみなす考え方を指しています。「経営者は社員を大事にするから、黙って言うことを聞きなさい」というやり方です。
日本の労働環境には3つの無限定性があります。「職種無限定」「勤務地無限定」「時間無限定」の3つです。多くの日本企業では、突然の異動や転勤を命じられた場合、社員は従わざるを得ないですよね。また日常的に繁忙であれば、ある程度の残業も期待されています。
しかし、本来は企業がそういった個人の自由を奪うことはできないはず。実際、ヨーロッパでは社員の同意のない、引っ越しを伴う転勤は人権侵害とみなされます。また、企業が社員の就業時間外の活動を制限する「副業禁止」などのルールも、就業時間外であっても社員の行動を制限できると考える企業の家父長制的な側面を象徴しているといえるでしょう。
この慣行が定着したのは、戦後に「雇用の維持」が重視され、労使が協力してきたという背景があります。当時は人口増加の時代だったので、このやり方で経済成長を支えることが可能でした。
しかし、現在は人口減少時代。企業は、「正社員を採用して、無限定に働かせても、そのワークキャリアを支援すればよい」という古い考え方から脱却しなければなりません。個人のキャリアが多様化していることを踏まえて、企業は個人の希望を尊重しすり合わせることが大事です。
企業は社員のキャリアとどう向き合うべきか
——では、社員個人のサステナブルキャリアを支援するために、企業は何を意識するべきでしょうか。
シンプルに、本人の意思を確認することです。「今までの常識が通用しない」と悲観的になる必要はありません。社員個人の希望がさまざまであるからには、個別に気持ちを聞いてすり合わせていけばよいのです。
ところが、この「すり合わせ」が苦手なマネージャーが多いことも事実です。せっかく1on1のような対話の場があっても、業務の課題を洗い出して部下を「詰める」時間になってしまう。これは、マネージャー自身が上司に気持ちを確認してもらって、それを心地よいと感じ、その振り返りを活かしてキャリア形成したという成功体験がないことが要因の1つでしょう。
そのため、まずはマネージャーのライフキャリアを尊重してあげる取り組みが必要だと思います。
——なるほど。そのために、人事が実践できるアプローチはありますか。
たとえばマネージャーとメンバーの1on1に、コミュニケーションの専門家である人事担当者も参加して3人で実施することも1つの手です。人事担当者が専門性を活かし、客観的な視点でコミュニケーションを支援するのです。また同様に、外部の専門家を招いて1on1に参加してもらい、マネージャーとメンバーの双方にコーチングをしてもらうという方法もあります。
そして、私が企業の研修に呼ばれたときによく実施しているのが、自分の情熱、動機、強みに基づいて仕事を再創造する「ジョブクラフティング」というワークショップです。チームで、お互いの情熱、動機、強みを理解しあえるようになるという効果もあります。
このとき、私が大学院で教えているゼミ生たちも参加し、企業のマネージャーが仕事への情熱、動機、強みについて語るのをしっかり傾聴します。するとマネージャーは、「こんなに自分の話を聞いてもらったのは初めてです」「そういえば部下の気持ちは聞けていなかった」と気づくのです。
まずはマネージャー自身が話を聞いてもらう機会をつくり、それがもたらす幸せを実感してもらうことが必要だと感じます。