1. 事件の概要
本件は、原告(以下「Y事務所」)が、被告(以下「X」)に対し、「Xとの間で専属マネジメント契約を締結し、Xが同契約上の義務違反を5回した」とし、同契約で約定した違約金1000万円から未払報酬11万円を控除した989万円などを求めた事案です。
今回は、さまざまな争点の中から、Xが労働者に該当するか否かの判断について取り上げます。
(1)当事者等
Y事務所は、アーティスト、タレントの育成、マネジメント、イベントの企画、運営等を業とする株式会社です。
Xは芸能活動を行う個人であり、Y事務所が専属的にマネジメントおよびプロデュースする男性アイドルグループA(以下「グループA」)のメンバーであった者です。
Bは建設会社の代表取締役です。Bは、Y事務所の役員でも従業員でもないものの、グループAの活動に関与しており、グループAのメンバーからは、「B社長」という呼称で呼ばれていました。
Y事務所代表者の息子は、Y事務所との間で専属マネジメント契約を締結し、Uという芸名でグループAのメンバーとして芸能活動をしていました。
(2)専属マネジメント契約
XとY事務所は、平成31年1月5日、次の内容が含まれる専属マネジメント契約を締結し(以下「本件契約」)、XはY事務所に専属するタレントとなり、Y事務所がXの芸能活動に関する一切のマネジメントをすることになりました。
(マネジメントの委託)
- 第2条Xは本件契約期間中、Y事務所に専属的に所属するタレントとして、Y事務所の指示に従い芸能活動を誠実に遂行するものとする。
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2Xは、次のマネジメント業務(以下「本マネジメント業務」)をY事務所に対し専属的に委任し、Y事務所はこれを受任する。
- Xの芸能活動に関するクライアント等との交渉及び契約の締結。
- Xの芸能活動に関する宣材資料等の作成及びクライアント等への配布並びに売り込み。
- Xの芸能活動に関するスケジュール調整及び管理。
- Xの芸能活動及び打ち合わせの際の同行(ただし、毎回ではない)。
- Xの芸能活動に基づき発生する報酬及び使用料等の交渉、価格決定、請求、受領。
- Xの肖像等、パブリシティ権、著作権、著作者隣接権その他Xの芸能活動により発生した著作物、知的財産権、商品、制作物等の管理及び利用。
- Xの芸能活動に関する訓練及び育成課程の計画、実施。
- その他上記業務に付帯関連する一切の業務。
- 3本マネジメント業務は、Y事務所の裁量及び判断に基づき、遂行するものとする。ただし、芸能活動の選択及び出演依頼等に対する諾否は、XとY事務所が協議のうえ、決定するものとする。
- 4本マネジメント業務は、本契約有効期間中はY事務所が独占的に行うものとし、Xは、Y事務所以外の者にマネジメント業務をさせてはならない。
(権利の帰属)
- 第3条本契約期間中に行われたXの芸能活動により生じた次の各号の権利は、地域及び期間を問わず、その発生と同時にY事務所に独占的に帰属し、若しくはXからY事務所に無償譲渡する。(後略)
(報酬の支払)
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第4条本マネジメント業務に基づき、Xが芸能活動を遂行した場合、Y事務所はXに対し、当該活動に対する報酬を次のとおり支払う。
- Xの個人としての芸能活動に対する報酬は、Y事務所が第2条2項5号に基づき受領する金員から、当該芸能活動に要した諸経費を控除して得た額の40%とする。ただし、Y事務所は、Xの仕事の成果及びY事務所の負担等を勘案し、50%までの範囲内でこれを増額することができる。
- Xのグループとしての芸能活動に対する報酬は、Y事務所が第2条2項5号に基づき受領する金員から、当該芸能活動に要した経費を控除して得た額の10%とする。
- 2Y事務所は、前項に定める支払い報酬から源泉所得税を控除した額を、Y事務所への入金のあった日の属する月の翌月15日限り、Xの指定した口座に振込む方法その他適宜の方法で支払うものとする。ただし、Y事務所の事情により、最大6ヵ月間に分割して支払うことがある。
- 3Y事務所が特に必要と判断した場合には、Y事務所が任意に定める報酬をY事務所の自由意思に基づき、支払うことができる。(略)
(レッスンの受講)
- 第6条Xは、タレントとしての資質向上等のため、適宜、Y事務所の推奨するレッスンを受けなければならない。レッスンに要する費用はY事務所の負担とする。
(費用の負担)
- 第7条Xの芸能活動遂行のために要した旅費交通費その他Y事務所が認めるものはY事務所の負担とする。(後略)
(順守事項)
- 第10条Xは、次の各号に定める事項を順守しなければならない。
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(中略)
- Xが所属するグループ(グループA)からY事務所及び他のメンバーの承諾なく脱退し又はグループを解散させてはならない。
(就業の届出)
- 第11条Xは、Y事務所を介しない芸能活動、性風俗その他Xの芸能活動に支障を及ぼすものを除き、Y事務所に事前に届け出ることにより、副業、アルバイト等に就業することができる。
(損害賠償)
- 第14条(略)
- 4Xが2条1項、4項、10条12号、18条1項、2項のいずれかに違反した場合、XはY事務所に対し、本条2項の損害賠償とは別に、違約金として、1回の違反につき、200万円を支払わなければならない(以下「本件違約金条項」)。
そしてXは、同日からグループAに加入し、グループAのメンバーとして芸能活動を開始しました。
(3)グループAからの脱退
Xは、令和2年8月18日、Y事務所に対し、本件契約の解除を通知し、グループAを脱退しました。
(4)相殺の意思表示
Y事務所は、令和2年9月7日、Xに対し、違約金債権800万円と未払報酬債権11万円をその対当額において相殺するとの意思表示をしました。