キャリア面談を「スキルに関する対話の場」へと変革せよ
本連載で幾度も述べるが、スキルの収集および保守は非常に重要である。スキルベースを運営する際に最も基本的な作業であるが、それがうまくいかず、結果的に導入が失敗に終わるケースが多いからである。それは、人材育成・キャリア開発を目的にスキルベースを導入する場合もまったく同様である。
ただし、人材育成・キャリア開発の場合、スキルの収集や保守に関して少しだけ楽観視できる要因がある。それが「上司とのキャリア面談」である。多くの日本企業では、年に1~2回、上司と1対1で、人材育成に関する面談を行っている。企業により形態や呼称は違うが、内容的にはそれほど変わらない。その場では、上司から将来の希望を聞かれたり、能力開発計画を立てなさいといわれたりする。ただし、日本企業では、その面談が形骸化していることが問題である。
しかし、形骸化しているキャリア面談を、「スキルに関する対話の場」に変革することで、日本企業の人材育成は大幅に向上することが期待できる。キャリア面談を通じてスキルの収集と保守を実施すれば、本人・上司の納得感もあり、非常にスムーズに作業を進められるのだ。
さらに、スキルの収集にあたっては、昨今の技術をフル活用して極力自動化したい。社内研修の受講履歴はもちろんのこと、社外での資格受験や研修受講なども自動で反映できる仕組みが望まれる。ただし、いまだに多くのスキルは自己申告による手入力に頼らざるを得ないので、それはキャリア面談に向けて本人がしっかり棚卸しすべきである。
以上のとおり、上司とのキャリア面談を「スキルに関する対話の場」にすることにより、形骸化している(ただし、制度としては定着している)キャリア面談を華々しく再生できるのではないかと筆者は考える。
加えて、これを機に新しい人事制度を導入すれば、従業員の意欲も高まるだろう。たとえば、上司とは別にスキルカウンセラーという役割の専門職を設けて、上司とのキャリア面談に参加してアドバイスを行ったり、ふだんから従業員の相談を受けたりできる制度が考えられる。
また、新規に獲得したスキルを実践として活かせる制度(社内公募、社内副業、短期的な社内出向など)を導入すれば、従業員がスキルを獲得する意欲も格段に向上するだろう。社内事情により全ての従業員の希望(人事異動)を実現することは困難でも、スキルを活かした短期的な社内出向であれば、それほど実現は難しくない。これこそ「日本型スキルベース」であり、今後日本企業におすすめしたい施策の1つである。
「勉強されては困る」と言い放った日本企業の経営者
「従業員に勉強されては困る」
以前、ある日本企業の経営者にインタビューしている最中、筆者にそう言い放った人がいた。「従業員が勉強して能力が向上し、他社へ転職されては困る」という意味である。本人は冗談のつもりだろうが、言って良い冗談と悪い冗談がある。自社の社員がこれを聞いたらどう思うだろうか。
このエピソードこそ、日本企業ならではの終身雇用・年功序列・人材育成の悪しき(堕落した)側面を表していると思う。従来の日本式人事慣行では、キャリア形成は企業側の裁量に委ねられ、本人の意思よりも、配属・異動・昇進などを通じて「会社から与えられるもの」であった。
それゆえ、経営者側は従業員に対して「与えた仕事をきちんとやってくれれば、それでよい(=必要以上の能力開発は要らない)。その代わり、終身で雇用してあげる」と思っているし、従業員側もそれに甘んじて「勉強してもしなくても給料が変わらないのであれば、勉強するだけムダだ。事なかれ主義で定年まで過ごそう」との意識を持っている。これでは社員のエンゲージメントが向上するはずもなく、働く意欲にも悪影響を及ぼすであろう。
いうまでもなく、これでよいはずがない。このような旧態依然のままでは、100年たっても日本企業の復活はあり得ない。また、このような企業は、従業員はもちろん社会からも支持されず、持続的な発展は望めないであろう。今後は「日本人も自らキャリアを考え、自ら学習する」という姿勢が求められ、企業はそれを支援する必要がある。
AI時代における企業の競争優位の源泉は、資本や設備ではなく、「各従業員の知的柔軟性の総和」にあると予想される。今後日本企業は、人材育成・キャリア開発へのスキルベース導入を通じて、「柔軟で強い組織」へと変化を遂げるべきであろう。