「働く場」の設計そのものを見直す時期に来ている
松井 今度の労基法改正の中でも、短期的に最も実務インパクトが大きいのは、「事業」概念の見直しではないかと考えています。制度面でも、企業の運用に大きな影響を与える論点です。
その代表的なケースが「多様な働き方」です。いまや正社員に加えてフリーランス、副業といった働き方が広がり、たとえば「場所で括る」という前提自体が機能しづらくなっています。その結果、「労働時間をどう管理するか」「36協定を誰と結ぶか」「従業員代表の選出や周知をどう行うか」といった実務全体の再設計が求められている。
つまり、従来の画一的な制度運用から脱却し、働き方を“個別化前提”で捉え直す方向に舵を切る必要がありますね。

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髙浪 おっしゃるとおり、まさにいま、「働く場」そのものを問い直す転換期に来ていると思われますよね。これは、突き詰めれば「人の価値はどこで生まれるのか?」という問い直しでもあると思うのです。
たとえば、AIの進展により、弊社のコンサルタント業務の一部、特にリサーチ業務などは、ハルシネーションの問題は考慮しなければならないものの、すでに代替可能になりつつあります。一方で、人を巻き込み、経営層を動かし、プロジェクトを推進する実行力は、AIにはまだ代替できない。
AIや自動化が進む中で、「リモートでその価値を最大限に発揮できるのか?」という問いが浮かびます。ご存じのとおり、人が集うオフィスや対面でのコラボレーションからしか生まれない価値も再評価されています。実際、海外の大手製薬会社や先進IT企業では「偶発的な出会い」を生む動線を考えた職場設計を重視しており、日本企業でも同様の空間づくりの動きがみられます。
もちろん、職種ごとに最適な働き方は異なります。たとえば、マーケティングやバックオフィス業務はリモートで成立しやすいでしょう。一方で、営業のように「出社すべき」とされる職種もありますが、それが本当に正しいのか、まだ十分に検証されていないのが実情です。人との偶発的な接点が失われることで起こる「交流の断絶」は、見えにくいながらも大きなリスクになり得ます。労基法改正が進める「事業」概念の見直しは、こうした空間設計やリモート/出社の最適なバランスを企業ごとに再設計する契機となるでしょう。
松井 そのとおりです。髙浪さんがおっしゃったように、私も偶発的な接点が失われるリスクは無視できないと感じます。コロナ禍を経て、リモートで成り立つ仕事と、対面だからこそ価値が生まれる仕事の違いが明確になりました。今後はその使い分けを前提として、制度や働き方を柔軟に再設計していく流れが進んでいくと思います。
特に注目したいのは、「場所」「組織」「働き方」そのものをアジャイルに捉え直す動きです。「どこで、どのように価値を生み出すか」という視点から、組織運営の前提が問い直されています。
今度の労基法改正で論点となっている「事業」概念の見直しも、こうした流れとリンクしています。従来は、同じ場所に人が集まり、同種の業務を行い、現場の管理者が一括して統括するモデルが一般的でした。工場であれば“工場長”、事務所であれば事務長といった指揮命令系統が当たり前だったわけです。
しかし、前述のように多様な働き方が広がる中で、その構造自体が成り立たなくなってきている。旧来の枠組みを崩し、戦略的に再構築する必要が出てきているのです。
イノベーションを軸に据える企業が増える中で、画一的なルールやトップダウンの管理だけでは、人材を惹きつけることも、定着させることも難しい。働く場の創造性や生産性をどう引き出すか。そのためにどんな仕組みを設計するかという問いに、いま企業は真正面から取り組むべきだと思います。