働き方・制度・評価・スキルのあり方のすべてが変わるフェーズだ

髙浪 確かに、最近は「働く環境」がそのまま企業の競争力につながることを強く実感しますね。
最近は、ソフトウェア人材やデジタル人材のご相談を受ける機会が多いのですが、採用競争が激しい分野の人材は、「どこで、どう働けるか」にとても敏感です。出社が前提だったり、勤務地が限定されていたりするだけで、応募自体が来ないことも珍しくありません。米国や欧米では、フルリモート前提で世界中から人材を集める動きも1つのトレンドになりつつあります。彼らは技術力やプロジェクト内容に魅力を感じて集まってくるので、その期待に応えるような柔軟な働き方の設計が必要なのです。
社内でも同様で、教育やリスキリングの議論も、まずは“働きやすい環境”があってこそ機能すると感じています。そういう意味で、今度の労基法改正を、柔軟な働き方を実現するための“レバー”として活用する発想は、とても理にかなっていると思います。中期経営計画に「働き方の多様性」をKPIとして組み込む動きも期待したいところです。
松井 おっしゃるとおりですね。現状の人的資本経営でも、「育成」には焦点が当たっている一方で、働き方そのものが変わらなければ、従業員の目には「研修がちょっと増えたかな」くらいにしか映らないケースが多いんです。
実際、複数の調査でも、経営層と従業員との間で、施策に対する認識のギャップがあることが明らかになっています。私自身、社労士という立場で現場を見ていても、配置や制度変更だけでは人的資本経営が“現場に届いていない”と感じることが少なくありません。
だからこそ、「働き方」の制度そのものに踏み込む必要がある。そしてさらに言えば、正社員だけでなく、パート・アルバイト・業務委託など、多様な雇用形態の人材を人的資本としてきちんと捉えることが大切です。現にISO30414や日本の人的資本可視化指針でも、外部人材や業務委託の活用状況は把握対象になっています。
今度の労基法改正にも、こうした雇用の枠を越えた人材活用の視点が反映されている。今後は、人材をフラットに“価値”として捉えることが、より重要になるでしょうね。
髙浪 かつて話題となった「人材シェアリング」という概念ですが、本能的に優秀な人材を囲い込みたがるという理由から、十分に普及しませんでした。
一方で、副業や兼業は確実に広がっています。ただ現行制度では、労働時間を通算管理しなければならないなど、企業にとっては割増賃金計算の負担が大きいです。厚生労働省の検討会では、この通算管理を健康確保の観点では維持しつつ、割増賃金計算については通算しない方向で調整が進められています。これにより副業受け入れのハードルは下がりますが、企業には引き続き従業員の健康確保を目的としたデータ活用や申告制度の整備が求められます。
欧州のように「副業前提」の社会に近づく中で、日本企業は守秘義務や情報管理を含めた制度設計を急ぐ必要があります。また守秘義務や情報漏洩といった責任分界点のリスクへの対応など、事業実務面で追い付いていない部分もある。今後、個人のキャリア自律が当たり前になる中で、こうした基盤整備は不可欠です。
そして、これからの人材戦略では「誰が、どんなスキルを持っているか」という視点が主軸になっていきます。あるスキルは正社員が、別の部分は業務委託が、さらに一部はAIが担う。そうした“人とAIの最適ミックス”が前提となる時代が、すぐそこに来ている。
そう考えると、今度の労基法改正は、新しい人的資本戦略の土台になり得る。働き方、制度、評価、スキルのあり方が、今まさに「すべて変わるフェーズ」に突入していると感じます。
松井 まさにそのとおりです。今度の労基法改正の本質は、働く場所や働く内容、雇用区分といった従来の前提を一度バラして、今の時代に合った形に再構成できるようにすることにあります。
1つひとつのルールだけを見ると「なぜこれが必要なのか」が分かりづらいかもしれませんが、実は全体を通じて共通しているのは、“柔軟な働き方への再構成を後押しする”という大きな方向性なのです。
(後編へ続く)