登壇者

伊禮 武彦(いれい たけひこ)氏
株式会社Smart相談室 ビジネス統括責任者
愛知の製造メーカーに従事した後、愛知のスタートアップ株式会社N2iへ入社。採用管理ツール事業の立ち上げ/東京支社の立ち上げに担当した後、2019年株式会社ROXXへ入社。リファレンスチェックツールback checkの立ち上げを担当した後インサイドセールス責任者として導入社数の底上げを担う。 中小企業、ベンチャー共に変わらず存在する離職の課題に対し「相談出来る環境を増やし健やかな状態を保ち続ける」Smart相談室のプロダクトに共感し、2021年10月参画。
ウェルビーイングへの投資で人材流出を防ぐ
まずは、日本における人材流出がどれほど進んでいるのか、現状を見ていこう。伊禮氏が提示した帝国データバンク「人手不足に対する企業の動向調査」によると、2024年10月時点で正社員が不足していると感じている企業の割合はじつに51.7%にのぼり、コロナ禍を除けば2017年以降、人材不足感は高止まりしている。特に、技術者不足が深刻なIT分野や、高齢化が進むインフラ関連産業では、人材獲得競争が激化していることが分かる。

ただでさえ採用が難しいのだから、せっかく採用できた人材は、できるだけ手放したくないと考えるのは当然だ。ところが、転職経験者のうち9.5ヵ月以内に離職を経験した人が40.8%にのぼるという調査結果[1]もあるように、実際には早期離職が多く、定着を図るのは容易ではない実態がうかがえる。
注
[1]: 株式会社マイナビ「中途採用実態調査2024年版」
では、なぜ離職してしまうのか。厚生労働省の調査結果によると、全年代合計の離職理由トップ3は、1位「職場の人間関係が好ましくなかった」、2位「労働時間、休日等の労働条件が悪かった」、3位「給料等収入が少なかった」となっている。つまり、人材流出の要因は、単なる経済的な問題ではなく、職場の環境や人間関係といった従業員の心身の健康に深く関わる要素にあるといえるのである。
ウェルビーイングにはいくつかの考え方があるが、広義では「身体・精神・社会的に良好な状態であり、幸福で満たされた人生を送ること」を示す。そして従業員のウェルビーイングへの取り組みは、「福利厚生としての費用」ではなく、「収益改善策としての投資」だと捉えるべきだと伊禮氏は強調する。なぜならウェルビーイングを推進した結果、次のような効果が表れたという研究結果があるからだ。
- 欠勤率が41%改善した
- 生産性が31%上昇した
- 従業員満足度が37%向上した
- 離職率が50%低下した
「このように、従業員のウェルビーイングに対する投資は、人材定着に直結するだけでなく、採用コストの削減や組織の安定化といった大きなリターンを企業にもたらします」(伊禮氏)
メンタル不調を自覚してからでは手遅れなワケ
ウェルビーイングの中でも特に人材の定着に影響を与えるのが、「メンタルヘルス」である。パーソル総合研究所の調査結果によると、メンタルヘルス不調を経験した人のうち、約4人に1人が勤務先を退職しており、20代に限れば35.9%にも及ぶ。
さらに、部下がメンタルヘルス不調をきたした管理職の47.0%が「精神的な負担が大きかった」と回答している。「これは非常に深刻な数字。将来の担い手を失うリスクもあれば、企業の中核を担う管理職を失うリスクもある。メンタルヘルス不調は単なる個人の問題ではなく、組織の持続性そのものに影響を与える大きな課題です」と伊禮氏は指摘する。
では、メンタルヘルス不調は、なぜ起きるのか。それは「人目を気にする」「受け身の姿勢」「失敗への恐れ」「怒られたくない」「対立回避」といった「拒否回避志向」によるものだと考えられている。拒否回避志向とは、他者からの否定的な評価や拒絶を避けようとする傾向のことであり、若年層ほど強いことが確かめられたという。
それぞれの拒否回避志向は、具体的に次のような行動として表れる。
- 人目を気にする
-
- 目立ちたくない
- 周りの目が気になる
- 周りの意見に合わせたい
- 受け身の姿勢
-
- 仕事は他の人の意見やルールに基づいて進めたい
- 確立された手法を学ぶことで成長したい
- 指示されたことを確実にこなしたい
- 失敗への恐れ
-
- 仕事で失敗するのが怖い
- 仕事で失敗するのはキャリアにマイナスだと思う
- 怒られたくない
-
- 褒めて育ててほしい
- 自分のミスを叱責されると、とても動揺する
- 部下をすぐに怒る上司は嫌だ
- 対立回避
-
- 自分と同じような考えを持った人と付き合いたい
- 人と意見を戦わせたくない
- 自分に対して批判的な人とは関わりたくない
- 競争するのは嫌いだ

こうした拒否回避志向があることを否定しても意味はない。「拒否回避志向があることを前提として、『いかに従業員の働きやすい環境を整えるか』『いかに従業員の変化にいち早く気づけるか』を追求することが重要です」と伊禮氏は強調する。
そのためには、メンタルヘルス不調を感じた際に、従業員がどのような行動を取るのかを知っておく必要もある。メンタル不調経験者にどのような対応をしたかを問うたところ、「医師やカウンセラーに相談した・治療を受けた」と答えた人が49.3%で最多。一方、「上司に相談・報告した」人は30.6%に過ぎなかった。
さらに、約7割の職場内で相談・報告をしなかった人たちに、なぜ職場で相談・報告をしなかったのかを聞いてみると、「職場に相談しても解決につながらないと思ったから」という回答が34.5%で最多となった。また20代の25.2%は「退職しようと思っていたから」と回答していることも見逃せない。すなわち、若手社員の一部はメンタル不調を自覚した時点で、相談ではなく離職という選択肢を思い浮かべていることが浮き彫りになったのだ。
「気軽に相談できない環境では、問題が深刻化するまで放置されかねません。従業員が安心して相談できる社内文化の醸成や仕組みの構築に尽力することが、メンタルヘルス不調の早期発見・早期対応には不可欠です」(伊禮氏)