キラキラではなくリアルを伝える 「人も組織も不幸にしない」ように
——2022年4月入社の3年間の定着率は100%と大きく改善したと伺いました。そこにはどのような施策や工夫があったのでしょうか。
井上 私たち採用チームは、採用活動期間にいかにリアルな現実を伝えていくかという点を特に意識して取り組みました。また、配属内示の際には「どういう思いであなたの配属をこの部署に決めたのか」という背景を、本人にていねいに伝えるようにしています。
さらに、各配属先のマネージャーや担当者にも「こういう方を配属します」としっかり情報を共有し、内定者と配属組織の双方で準備ができるよう連携を密に取るようにしています。
その結果、各職場の上司や先輩たちが新入社員の悩みの種を早期にキャッチし、大きくなる前に支えてくれるようになりました。定着率の向上は、人事だけで実現できたものではなく、各職場の方々との協働の成果だと感じています。
大野紗代子(おおのさよこ)氏
味の素株式会社 人事部 人事グループ 採用チーム 新卒採用リーダー
2014年に新卒で同社に入社。バイオ・ファイン研究所で動物栄養の研究に従事。2度の産育休取得を経て、2021年に人事部へ異動。新卒採用のリーダーを務める。
——「リアルな現実を伝える」ことを意識したとのことですが、具体的にどのような情報をどのように伝えたのでしょうか。
井上 就職活動の場では、各社が学生に振り向いてもらおうと、たとえば「すぐにグローバルな舞台で活躍できる」「ホワイトな環境」といった“キラキラしたメッセージ”が飛び交うことも少なくありません。しかし、私たちは、そうした「良い面だけを見せる採用」ではなく、事実をありのまま伝える採用へと変えていきました。
具体的には、採用活動ではすべてをファクト(事実)で伝えるようにしています。たとえば、「2年目で海外に赴任したい」と希望する学生には、「過去5年で最も早く海外に行った人は〇年目、平均は〇年目。制度上は可能だけれど、直近の実績としてはこうだよ」と伝えます。
「できない」と否定するのではなく、現実的なマイルストーンを共有する。最初のうちは、学生たちの反応が必ずしもポジティブとはいえませんでした。それでも、入社後に「こんなはずじゃなかった」と苦しむくらいなら、今のうちに真実を知ってもらうほうが、ずっとよいと考えて進めていました。
大野 採用担当として、学生の前では「会社としての公式見解」だけでなく、「私個人としてはこう思う」というN=1の視点も大切にしています。私自身、人事への異動はまったくの新しい挑戦でした。だからこそ、キャリアはいくつもの選択で形づくられるものだという実感があります。
自分の経験を交えながら、1人の社員としてリアルなキャリアを語ることで、学生が「自分がここで働く姿」を、より等身大でイメージできるように意識しています。
——では、「配属先の腹落ち」についてもお聞きします。近年は「配属ガチャ」といった言葉も生まれているように、配属は新卒社員にとっても大きな出来事です。貴社では、新卒社員に自身の配属をどのように納得してもらっていますか。
井上 採用の仕組みとして「職種別採用」を導入し、2026年卒では12職種ほどに細かく分けて初期配属を限定しました。
もともとは、“どこに配属されるか分からない”という不安が、入社前後のギャップの大きな原因になっていました。そこで、職種別採用にすることで、学生が自分の志向や得意分野に合った領域を選びやすくなり、入社後のミスマッチを減らせるようになったんです。
さらに、選考期間中に、必ず配属先となる部署の社員と面接や交流を行うようにしました。
2024年からは、入社3年前後の若手社員も採用面接に参加しています。学生にとって年齢の近い先輩と話ができることで、入社後のイメージをより具体的に持てるようになったと思います。
人事だけで人を選ぶのではなく、各職場の社員も「自分たちの仲間を迎える」という意識で選考に加わる。学生側も「この人たちと働くんだ」と納得感を持てるようになる。この“目線を合わせるプロセス”を、現在も全職種で続けています。

