「国の取り組み」と「企業の実装」はつながるのか
松岡 今里さんからは国としてスキル定義整備や需要の可視化、富澤さんからは生成AIで全体最適配置の可能性が示されました。河邊さんは、国の取り組みと企業の人的資本経営は、どうつながり得る、またはつながり得ないとお考えですか。
河邊俊輔氏(以下、河邊) ありがとうございます。富澤さんの話された生成AIによるスキル判定やレコメンドは当社も支援しており、最初に構想をいただいてから2年ほどで、すごいスピード感で実現に向けて動いています。
河邊 俊輔(かわべ しゅんすけ)氏
株式会社野村総合研究所 コンサルティング事業本部 AI戦略コンサルティング部 シニアプリンシパル
2010年に野村総合研究所に入社、戦略構築や事業開発などに従事。2014年にはNRIの採用担当として人事の実務も経験。2020年には米国コロンビア・ビジネス・スクールでMBAを取得。人材・組織論とテクノロジーの融合領域を中心に学ぶ。2022年から、生成AIを活用した人的資本経営の実装支援「Talent Market Place」を立ち上げ、これまでに約20社を支援。
国としてのスキル標準についても議論していますが、まず一言でいうと、「言うは易く行うは難し」です。スキルをつくって共通言語で結ぶのは概念的にわかりやすく、生成AIも活用してできそうに見えます。
ただ、「どのデータをどう読ませてつくるのか」「つくったスキルを業務でどう活用するのか」「メンテナンスやアップデートはどうするのか」「現場はどう使えばいいのか」……。考えることが多岐にわたります。「あるべきスキルとは何か」で悩み始めてしまうのです。
官と民をAIでつなげられる感触はあるものの、言葉でいう以上に難しいと思っています。
松岡 ジョブ型やスキル管理は、日本でも過去に類似の試みは多かったのに、うまく定着しませんでした。どこがハードルだったのでしょうか。
今里 スキルを定義し、人材育成に使おうという議論は10年、20年前からありました。盛り上がるが、いつの間にか使われなくなる、というサイクルがあったと思います。
ポイントは、まず1回つくるのがすごく大変なこと。そして、つくってもあっという間に陳腐化することです。ここが難しい。
一方でいま、シンガポールだけでなくマレーシア、インド、中国、オーストラリア、アメリカなど国家レベルで「スキル基盤」が広がっています。理由の1つは、これまで人力で解釈・定義し、文言に落とし込んでいた作業を、テクノロジーでかんたんにできる可能性が出てきたことです。だから各国がトライしているのだと思います。
年1回の見直しでも残る課題。生成AIに「めちゃくちゃ期待してよい」ワケとは
松岡 では富澤さん、400個のスキルを定義されたとのことですが、陳腐化への対応や、国につなげる難しさについてどう見ていますか。
富澤 銀行員は真面目なので、年に1回ちゃんと見直す制度をつくって対応しています。必ず陳腐化するので、ブラッシュアップしていく考えです。
それでも課題はあります。1つは「粒度」です。自分の領域は詳しいから、もっと細かくしたくなる。一方、詳しくない領域は「そこまで細かくしなくていい」と思いがちです。バックグラウンドによって求める粒度が違うので、全員のリクエストを満たす定義は難しい。
もう1つは、「他社比較ができない」こと。各社がさまざまなスキル定義をしていると横比較が難しいのです。
私としては、各社・各領域横断で統一のスキルライブラリーを1つだけつくるのは厳しいと思います。ベースになるものがあるのはうれしいが、各社最適も各領域最適も存在する。そのため、統一の横断スキルライブラリーを詳細までつくり切ることに固執せず、生成AIが柔軟にスキルの「点数化・プロファイリング」ができるようになることが重要だと思います。参照するスキルライブラリーを切り替えても、評価しなおせば同じようにスキルの判定結果が出る仕組みをつくっておくのは意味があると思います。

松岡 では河邊さん、こういう局面で生成AIに期待できる役割を教えてください。
河邊 生成AIにはめちゃくちゃ期待してよいと思っています。使い方はいろいろで、プロンプトやインプットの仕方を試しながら各社のスキル定義をつくっていく。
重要なのは、スキル定義の「更新性(陳腐化しない管理)」と「解釈接続(翻訳)」をどれだけ柔軟に持たせるかです。ふだんは人間が頭の中で解釈してつなげていますが、それに類することを、生成AIが実データ・言葉を使ってできるかが鍵でしょう。
企業ごとのスキル定義をつなぎ、そのうえでどのポジションに適性があるのか、活躍しそうかにつないでいく。
国は大きな分類・定義を持ちつつ、下流の現場に近いところは企業ごとに細かく定義できるような仕組みが必要で、それをつくるのに生成AIが必要だと思っています。

