はじめに——雇用関連の大変革は理解できた。ではどう動くのか
前稿では、ドラッカーの「知識労働者」論を補助線に、労働基準法(以下、労基法)の基本設計が前提としてきた「労働者像」の変容を描きました。具体的には、AIの登場が知識労働を「純化」し、問いを立て、成果を定義し、意味を創造する仕事こそが人間固有の価値の源泉になるという、働き方の構造を認識するものでした。
本稿では、そこから「企業は具体的にどう動くのか」に踏み込みます。そのために使うのが、ドラッカーのイノベーション論です。
ドラッカーのイノベーション概念が独特なのは、それが「技術革新」を意味しないことです。ドラッカーにとってイノベーションとは、「社会の認識や価値観の変化に対する、組織の意図的で体系的な応答」です。法制度の改正は、この「社会の認識や価値観の変化」の最も確実な形態です。これをイノベーションの機会として捉えるか、コンプライアンスの負担として処理するかが、企業の分岐点になります。
ドラッカーは1985年の著書『イノベーションと企業家精神』の中で、イノベーションの7つの源泉を提示しました。そのすべてが天才の発明やテクノロジーの突破ではなく、「すでに起きている変化を見る目」に関するものです。
この7つのうち、今回の労基法大改正・AI政策・人的資本経営の同時進行に直接対応するのは4つです。
1予期せぬ成功・失敗
コロナ禍でテレワークが「やむを得ない措置」から「十分に機能する選択肢」に転換したのは、多くの企業にとって予期せぬ成功でした。この成功を一時的な異常として元に戻した企業と、恒常的な働き方として制度化した企業の差は、すでに歴然としています。
2ギャップの存在
1947年制定の労基法が前提とする「工場労働者の時間管理」モデルと、実際に企業が必要としている「知識労働者の成果管理」の間には、非常に大きなギャップがあります。前稿で論じたとおり、知識労働者にとって労働時間による生産性や価値の単位は一定ではないのに、現在国内で適用されている労働時間制度は大部分が固定的な労働時間制度です。制度と現実のギャップがこれだけ大きいということは、そのギャップを埋める制度設計に先行した企業が大きな優位を得ることを意味します。
3認識の変化
これが最も革新的だと思います。「働くとは、毎朝同じ時間に同じ場所に行き、1日の大半を過ごすことである」という認識は、コロナ禍、副業の一般化、AI浸透によって不可逆的に変わりました。認識が変われば、同じ制度が異なる意味を持ちます。裁量労働制は、かつては「特殊な働き方」と認識されていましたが、今や「自然な働き方の一形態」として受け入れられつつあります。この認識の変化は、制度改正以前に社会の中で起きています。法改正は、この認識の変化に制度が追いつく作業です。
4新しい知識
AI技術の急速な進展は、明らかにイノベーションの機会です。ただしドラッカーは、知識に基づくイノベーションは「リードタイムが最も長い」と指摘しています。AIが雇用構造に与える影響が完全に顕在化するまでには時間がかかるでしょう。しかしその準備を今始めた企業と、顕在化してから動く企業の差は、後者にとっては取り返しのつかないものになります。


