グローバル人材の可視化はなぜ難しいのか 人的資本開示を実現するHRプラットフォーム構築の考え方
人的資本経営が経営アジェンダとして定着しつつある現在、多くの企業が人材データをどのように可視化し、経営の意思決定につなげるかという課題に直面しています。さらに、日本国内の人的資本開示に加え、欧州のCSRDをはじめとするグローバルな開示要請への対応も求められるようになりました。本稿では、グローバルHRデータ基盤の構築経験をもとに、人材の可視化と人的資本開示を実現するための考え方と実践ポイントを紹介します。
はじめに
人的資本経営への関心が高まる中、多くの企業が「人材をいかに可視化し、経営判断に生かすか」という課題に向き合っています。日本では有価証券報告書における人的資本情報の開示が進み、女性管理職比率、男女賃金差異、男性育児休業取得率などの指標を整備する動きが広がっています。
一方で、グローバルに事業を展開する企業にとって、人的資本開示は日本国内だけの対応にとどまりません。欧州ではCSRD(Corporate Sustainability Reporting Directive)に基づくサステナビリティ報告が進み、人的資本を含む従業員や職場環境に関する情報についても、より体系的な開示が求められるようになっています。従業員構成、多様性、人材育成、健康・安全、賃金格差などの情報を、国や地域をまたいで一貫した形で説明できるかどうかは、今後のグローバル企業にとって重要な経営課題になります。
私はこれまで、グローバル人事データ基盤の構築、各地域のHRシステムとの連携、データプライバシー対応、人的資本指標の整備に関わってきました。その経験を通じて強く感じているのは、人的資本経営を支える基盤とは、単なる「システム導入」ではないということです。本社と各地域の経営・人事・IT・法務・各地域が共通の目的に向かって判断、連携するための「経営インフラとしてのプラットフォーム」そのものだと考えています。
「コアHRシステムのグローバル統一」だけでは解決できなくなった
2010年代前半、多くのグローバル企業では「コアHRシステムをグローバルで統一すること」がベストプラクティスとされていました。WorkdayやSAP SuccessFactorsなどの導入を通じて、単一のシステムでグローバル共通の人事データを管理し、人材の可視化を実現することが目指されていたのです。
しかし現在は、必ずしも完全なグローバル統一が現実的とはいえなくなっています。
背景には、日系企業固有の人事慣習があります。日本では職能資格制度やメンバーシップ型雇用が根強く残る一方、海外ではジョブ型人事制度が主流です。評価、等級、報酬の考え方が異なるため、すべてを単一の業務プロセスに合わせることは容易ではありません。
加えて近年は、各国のデータ保護規制強化や地政学リスクの高まりにより、「すべての人材データを1ヵ所に集約する」という考え方そのもののリスクが高くなっています。
そのため現在は、「システムを統一すること」よりも、「複数のシステムや地域に分散したデータをつなぎ、経営や人的資本開示に必要な情報を可視化すること」の重要性が高まっています。HRデータプラットフォームは、まさにそのための基盤といえるでしょう。
グローバル人材可視化の難しさ
グローバル企業における人材データの可視化が難しい理由は、大きく3つあります。第1に、データの所在が分散していることです。たとえば、北米ではWorkdayなどのグローバルパッケージを利用していて、人事システム・データガバナンスの習熟度・コンプライアンス意識が高い一方、別地域ではローカルの人事給与システムやExcelベースの管理が残っており、リテラシーに差が出るケースもあります。
さらに、採用、評価、異動、報酬、学習、後継者計画などの情報が別々のシステムに分かれていることも少なくありません。その結果、「グローバルで何名の人材がいるのか」「どのようなスキルを持っているのか」「将来のリーダー候補はどこにいるのか」といった基本的な問いに対しても、すぐに一貫した回答を出すことが難しくなります。
第2に、データ定義が統一されていないことです。たとえば「管理職」「幹部候補」「正社員」「派遣社員」「退職」「異動」といった言葉1つをとっても、国や会社によって定義が異なります。ある地域ではマネージャーと呼ばれる職位が、別の地域では専門職に近い役割を意味する場合もあります。こうした違いを無視してデータを集約すると、見かけ上はグローバルレポートが作成できても、実態を正しく表していない可能性があります。
第3に、データプライバシーと法規制への対応です。特にEUのGDPRをはじめ、各国・地域には個人データの取得、利用、移転、保存、削除に関する規制が存在します。人事データは従業員の個人情報を多く含むため、グローバルでデータを統合・分析する際には、利用目的の明確化、アクセス権限の管理、データ最小化、匿名化・仮名化・マスキングなどの対応が不可欠です。つまり、グローバル人材の可視化は、単に各地域のデータを1ヵ所に集めれば実現できるものではありません。データの意味、品質、権限、法的根拠、運用ルールを含めて設計する必要があります。
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栗山 周也(クリヤマ シュウヤ)
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 People Consulting / HR Transformation シニアマネージャー
外資系コンサルティングファームを経て現職。HR IT領域の専門家として、人事システムの構想策定や人事システム選定から、人事システムを活用したBPR、グローバ...
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