グローバル人材の可視化はなぜ難しいのか 人的資本開示を実現するHRプラットフォーム構築の考え方
人的資本開示に必要なのは「一時的な集計」ではない
人的資本開示への対応では、女性管理職比率、男女賃金差異、従業員エンゲージメント、離職率、研修時間、後継者計画、ダイバーシティ、人材育成投資など、さまざまな指標が求められます。CSRDなどの国際的な開示要請を見据えると、これらの指標を国内単体で整えるだけでは不十分です。地域や法人をまたいで、どのデータをどの定義で集計しているのかを説明できる状態が求められます。
一方で、年度末に各地域・各社から手作業でデータを集め、Excelで集計するという対応を行っている企業も少なくありません。短期的には対応できても、この方法には限界があります。第1に、各地域の人事担当者に大きな作業負荷がかかります。第2に、担当者が変わると同じ集計ができない、前年と定義が微妙に異なる、修正履歴が追えないといった再現性の問題が起こりやすくなります。第3に、開示資料を作成するためだけに集めたデータは、リアルタイム性や分析の柔軟性に欠け、経営判断に活かしづらくなります。
人的資本開示を真に価値あるものにするためには、開示対応を目的化するのではなく、経営に必要な人材情報を日常的に把握できる仕組みを整えることが重要です。開示は、その結果として自然に対応できる状態を目指すべきです。その意味で必要なのは「年に1度の集計プロセス」ではなく、「継続的に信頼できる人材データを蓄積・更新・活用できるプラットフォーム」です。
HRデータプラットフォームの役割
グローバル人材の可視化と人的資本開示を支えるHRデータプラットフォームには、主に5つの役割があります。
1つ目は、データの統合です。各国・各地域・各法人に分散した人材データを、共通のデータモデルに基づいて集約します。ここでは、単にデータをコピーするのではなく、どの項目をグローバル共通で管理するのか、どの項目はローカル管理にとどめるのかを明確にする必要があります。
2つ目は、データ定義の標準化です。人的資本指標を正しく比較・分析するためには、従業員区分、組織階層、職位、職種、勤務地、雇用形態、退職理由などの定義をそろえることが不可欠です。すべてを完全に統一することは現実的ではありませんが、少なくともグローバルレポートや開示に利用する主要項目については、共通定義を設ける必要があります。
3つ目は、データ品質の担保です。入力漏れ、表記ゆれ、更新遅れ、重複、誤登録を放置したままではダッシュボードの信頼性は高まらず、ローカルの実態を踏まえたデータ品質担保基準が必要となります。
4つ目は、セキュリティとプライバシーの確保です。人事データには個人を特定できる情報や評価・報酬に関する機微な情報が含まれます。そのため、誰が、どの目的で、どの範囲のデータにアクセスできるのかを厳格に管理して、セキュリティ・プライバシーの観点でもコンプライアンスを担保します。
5つ目は、経営・人事へのインサイト提供です。HRデータプラットフォームの価値は、データを蓄積すること自体ではなく、意思決定に役立つ洞察を提供することにあります。重要ポジションの後継者充足状況、特定スキルを持つ人材の分布、離職リスクの傾向、管理職層の多様性などを可視化することで、経営・人事が具体的なアクションを取れるようになります。
成功の鍵は「グローバル標準」と「ローカル現実」の両立
グローバルHRデータプラットフォームを構築する際に最も難しいのは、グローバル標準とローカル現実のバランスです。本社側は、グループ全体を横串で見たいと考えます。一方、各地域にはそれぞれの制度、法規制、業務プロセス、既存システムがあります。グローバル標準を一方的に押し付けると、現場の実態と合わず、データの入力・更新が形骸化する恐れがあります。逆に、ローカルの事情をすべて優先すると、全社横断で比較可能なデータが得られません。
重要なのは、すべてを1度に統一しようとしないことです。まずは人的資本開示や経営管理に必要な最小限のグローバル共通項目を定義し、その上で各地域の追加項目やローカル要件を許容する設計が現実的です。いわば、「グローバルで見るべきもの」と「ローカルで管理すべきもの」を分ける発想です。
また、各地域を単なるデータ提供者として扱うのではなく、設計段階から巻き込むことも重要です。データの意味や利用目的を丁寧に説明し、法務・IT・人事の関係者と合意形成を行うことで、HRデータプラットフォームに対する信頼が高まります。特にデータプライバシーに関しては、各地域のDPOや法務担当者との連携が欠かせません。
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栗山 周也(クリヤマ シュウヤ)
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 People Consulting / HR Transformation シニアマネージャー
外資系コンサルティングファームを経て現職。HR IT領域の専門家として、人事システムの構想策定や人事システム選定から、人事システムを活用したBPR、グローバ...
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