「課長に理念・戦略が届かない」業界構造とは
課長がエンゲージメントの鍵となる状況は、これまでのビジネスモデルと、その転換による影響も大きいと考えられます。不動産業界では従来、営業数字に関するマネジメントが強く、経営や部長層の関心も成約数や粗利といった「目先の営業成果」に集中しがちでした。その結果、理念や戦略よりも、具体的な成果に関するコミュニケーションに偏る傾向があったのです。
また、「個人商店」的な業務の進め方が多く、部長自身も自らの目標達成を追い、課長層とのコミュニケーションの量も不足しやすい状況だったといえます。こうした状況の中で、経営陣はビジネスモデルの転換やDXによる生産性向上という構造転換を考え始め、転換期だからこそ経営と現場の間にはギャップが生まれやすい状況にあります。その結果、経営による方針転換と、既存のビジネスでの成果創出の双方のプレッシャーが掛かり、コミュニケーションのつなぎ目となる課長層に負荷が掛かっている状況が生まれます。
課長層でエンゲージメントと強く結びついているのは「理念の発信と伝達」「継続的な改善活動」「戦略目標の発信と伝達」であり、会社側からの働きかけを求めていることがデータからも見て取れます。そして、課長層のエンゲージメントは、現場のエンゲージメントにも強く影響します。20代・30代では「全社的な連帯感」に加えて「顧客ニーズの伝達」「顧客意見に基づく改善」といった、上司からの情報提供や支援を通じて日々の顧客ニーズや改善を実感できているかどうかに関わる項目が上位を占めている状況です。
つまり、経営や部長からの発信・伝達が課長に届かなければ、課長自身のエンゲージメントが下がるだけでなく、課長を経由して現場へ届くべき情報も途絶えてしまいます。結果として、若手・ミドル層の一体感までもが失われていく「負の連鎖」に陥りかねないのです。
不動産業界におすすめのエンゲージメント向上施策とは
では、どのようにエンゲージメント向上に取り組めばよいのでしょうか。ここで起点になるのは、経営・部長が課長に対して理念や戦略をきちんと発信し、伝えることです。
具体的なポイントは2つあります。1つ目は、経営陣自らが理念や事業戦略について、課長層が腹落ちできるように対話する場を定期的に設けることです。2つ目は、部長が課長との1on1などの日々のコミュニケーションにおいて、戦略や数字の腹落ちだけでなく現場の問題解決(改善活動)まで支援することです。戦略の背景や意図、経営の考えを日常的に伝えること。こうした取り組みを通じて、経営層自身が、足元の営業課題と、数年先を見据えた組織づくりのどちらも伝え、課長層の腹落ちを実現できる仕組みを構築することが有効です。
不動産業界のエンゲージメント向上ストーリー——三井不動産、野村不動産、三菱地所の例
実際に、不動産業界の中でも人的資本経営を牽引する各社は、独自のアプローチで人材の活性化を進めています。
三井不動産:研修施設を通じ、経営が戦略を発信する場をつくる
三井不動産は、グループ長期経営方針「& INNOVATION 2030」において「人材」「ESG」を戦略を支えるインフラとして明確に位置付け、人的資本投資を強化しています。2025年に新設した研修施設「&MIND-学びの杜-」では、新入社員から管理職まで階層に応じた研修を実施しており、その1つに、「経営層の考えに触れる研修 MEET21」があります。経営陣が社員に直接語りかける機会をつくることで、経営が理念や戦略を発信し続ける土壌づくりを進めています。
野村不動産:管理職を対象とした対話型研修でビジョンと個人の価値観との接続を言語化
野村不動産グループは、2030年ビジョン「幸せと豊かさを最大化するグループへ」を管理職1人ひとりの「自分事」に落とし込むことを目的に、経営企画部とグループ人事・人材開発部が主導し、部長・室長・店長336人を対象とした3時間の対話型「ビジョン研修」を実施しました。自らの人生や仕事を振り返り、「どんな時に幸せや豊かさを感じたか」を語り合うことで、グループのビジョンと個人の価値観との接点を見出す設計になっています。研修後には参加した管理職が自部署のメンバーへの職場ミーティングでさらにビジョンを深掘りするなど、対話が現場に連鎖する動きも生まれています。野村不動産では、これに加えて管理職と部下による1on1も導入しており、階層をまたいだ対話の機会を重ねて設けている点が特徴です。
三菱地所:役職別プログラムと「10%ルール」で、経営戦略を現場に浸透させる
三菱地所グループは、新入社員から役員まで職責に応じた階層別研修に加え、部長やユニットリーダー(課長職)など各役職向けの研修プログラムを整備しています。さらに、業務時間の10%以上をビジネスモデル革新や風土改革に充てることを必須化する「10%ルール」を導入し、経営が目指す変革の方向性を日常業務の中に落とし込む仕組みを整えています。加えて、部署・支店・職掌・等級ごとに従業員アンケートを分析し、組織・風土改善に活かす取り組みも進めています。
おわりに
不動産業界は、全体として全国平均を上回るエンゲージメントが高い業界である一方で、課長層のエンゲージメントが変革の鍵を担っている状況です。ビジネスモデルの転換にあたっては、現場の顧客起点での行動力に加えて、経営・部長が課長に対して理念や戦略をきちんと発信し、届け続けることが問われます。データが示すのは「経営・部長が、課長への発信と対話を惜しまないこと」が全社の戦略実行にあたって重要だということです。経営層がここに本気で踏み込んだとき、不動産業界は人々の暮らしと街の未来を動かす「次の価値」を生み出していくはずです。
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花岡 健太(ハナオカ ケンタ)
株式会社リンクアンドモチベーション コンサルタント モチベーションエンジニアリング研究所 研究員。
東京大学農学部卒業後、大手損害保険会社を経て中途入社。従業員エンゲージメント向上サービス「モチベーションクラウド」やコンサルティングを通じて、100社超の組織変革を支援。現在は、研究員としてデータ分析・活用も担う。※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

