従業員エンゲージメントの向上に取り組む企業が増える一方で、人事の思いや施策が現場まで届かず、行動変容につながらないケースは少なくない。その原因は、施策そのものではなく「届け方」にあるのかもしれない。「HRzine Day 2026 Summer」に登壇した、株式会社ヤプリ 執行役員CHROでグロービス経営大学院 客員准教授も務める三小田氏は、社員の内発的動機を引き出す「感情設計」の重要性を説く。本稿では、自律性・有能感・関係性を高める方法と、それを日々のマネジメントに組み込むポイントを紹介する。
「伝えた」だけでは人は動かない
「人事施策を現場に伝えたのに、浸透せず実行されない」。人事や経営層がそう感じる一方、現場では「施策の必要性が感じられない」「業務が忙しくて実行できない」と受け止められていることがある。
三小田氏は、こうした“温度差”が生まれる背景として、会社と個人、それぞれの「ありたい姿」と「アクション」が十分につながっていないことを指摘する。
「会社と個人のありたい姿がつながらなければ、この会社で働く意義を見いだせません。また、会社のありたい姿と戦略のつながりが見えないと、『なぜそれをやるのか』という腹落ち感が生まれない。さらに、会社の戦略と自分の日々の業務がつながらなければ、“我が事感”を持つこともできません」(三小田氏)
三小田 実(みこだ みのる)氏
株式会社ヤプリ 執行役員CHRO/グロービス経営大学院 客員准教授
大手商社、ベンチャーを経てリクルートの事業企画マネージャーとして事業再建に貢献。事業譲渡に伴いアイティメディアに転籍し、人事部長として制度改革を行い従業員満足度グループ1位や東証プライム上場に貢献。その後プライム企業CHROを経て現職。グロービスではリーダーシップや人材マネジメント等のクラスを担当。
そこで重要になるのが「人材マネジメント」だ。三小田氏は、人材マネジメントを、社員を動機づけて動かし、戦略を推進するための仕組みだと説明する。戦略を描いただけで成果が生まれるわけではなく、実際に戦略を実行するのは社員だからだ。また、「ヒト・モノ・カネ」という経営資源の中でも、人には感情があり、その状態によって成果も変わる。だからこそ、社員に求める行動を促すには、感情まで含めて考える必要があるという。
「経営サイドが言ったからといって、社員に聞いてもらえたとは限りません。聞いてもらえても、理解してもらえたとは限らない。理解してもらえても賛成してもらえたとは限らず、賛成してもらえたとしても、腑に落ちて行動しようと思ってもらえたとは限りません」(三小田氏)
コミュニケーションが成功したといえるのは、情報を発信したときではない。受け手である社員が内容を理解し、納得し、「行動しよう」と思うところまで到達して初めて成功したといえるのだ。
内発的動機を引き出す「自律性・有能感・関係性」
では、社員が自ら行動したくなる状態をどのようにつくるのか。三小田氏が着目するのが「内発的動機」だ。
モチベーションの源泉には、「内発的動機」と「外発的動機」の2種類がある。外発的動機は、給与や賞与などの「金銭報酬」、物品やサービスによる「物質報酬」、賞賛や感謝を伝える「感情報酬」の3つに分けられる。即効性がある一方、報酬を与え続ければ当たり前になったり、なくなった際にマイナスに働いたりすることもあるという。
一方、内発的動機は人の内面から生まれるもので、「自律性」「有能感」「関係性」の3つを満たすことで高まりやすい。三小田氏は次のように解説した。
1.相手に合わせた伝え方と『考える余白』で自律性を高める
まず「自律性」を生むには、思いを共有し、一緒に決めることが重要だ。
三小田氏は、ここで人の感じ方を3タイプに分ける「感性モデル」を紹介した。結果を最優先し、問題と解決策を論理的に示せば動ける「ゴール指向・問題解決型」、結論だけでなく、なぜその結論に至ったのかというプロセスや感情の共有を重視する「プロセス指向・共感型」、そして状況によって両者を使い分ける「ミックス型」だ。
たとえば経営方針説明会で結論だけを一方的に伝えれば、ゴール指向・問題解決型には届いても、ほかのタイプには十分に腹落ちしない可能性がある。そこで、社員から疑問を集めて経営陣が答えるトークセッションを開くなど、「なぜその結論に至ったのか」まで共有することが有効だという。
さらに、自律性を高めるうえでは、社員に「考える余白」を残すことも欠かせない。
1から10まで設計して「これをやってください」と現場に渡す「計画的変革」では、社員が受動的になりやすい。そのため「なぜやるのか」は経営や人事が示しつつ、「どうやるのか」「具体的に何をするのか」を考える段階では社員を巻き込む「生成的変革」が有効だ。
「社員の主体的な行動を引き出したいのであれば、社員が考える余白をつくることが大事です。自ら考えたことを実現するプレーヤーだと実感できれば、“我が事感”が生まれてきます」(三小田氏)
任せる範囲も社員の能力によって変える。ジュニア層にはマネージャーが目標を設定し、中堅社員には達成までのプロセスを任せる。シニア層なら、何に取り組むかというテーマ設定そのものを一緒に考える。能力や経験に応じて考える余白を広げることが、主体性につながるという。
2.経験とフィードバックを循環させ、有能感を育てる
2つ目の「有能感」を高めるうえでは、社員が成長する機会を意図的につくり、マネージャーが伴走することが重要になる。
三小田氏は、人がリーダーシップを学ぶ主な機会を「経験70%、薫陶(フィードバック)20%、研修10%」とする「70:20:10の法則」を紹介した。なかでもマネージャーの重要な役割となるのが、メンバーに「何を経験させるか」を考えることだ。
すべてを未経験の仕事にすればよいわけではなく、目標の2~3割程度を本人にとって背伸びが必要なものとし、残りは既存の業務や得意なテーマとする。それによって、無理のない範囲で仕事の引き出しを増やしていく。さらに、経験を成長につなげるために紹介されたのが「経験学習モデル」だ。「経験→内省→概念化→試行」のサイクルを繰り返すことで、新たな気づきを得ていく。
たとえば仕事を終えたメンバーに、「なぜうまくいったと思う?」「なぜ今回はミスをしたと思う?」と問いかけ、内省を促す。経験の浅い社員がうまく言語化できない場合には、マネージャーが要約や言い換えをしながら概念化を手助けする。そして、その学びを活かせる次の経験につなげていく。
「1on1を導入している企業は多いと思いますが、そのやり方まで指導しきれている企業は少ないと思います。どういう場にしてほしいのかを、人事や経営からガイドすることが重要です」(三小田氏)
3.「関係性の質」から始めることで、結果の質を高める
3つ目が「関係性」だ。
三小田氏は「組織の成功循環モデル」を示し、成果を高めるためには「関係の質」から始める必要があると説明する。マネージャーとメンバーの関係性が良ければ、社員は困ったときに相談しやすい。1人では解決できなかった問題も、相談することで新しいアイデアが生まれ、思考の質が上がる。それによって行動の質が高まり、最終的に結果の質も高まっていく。
反対に、「なぜ結果が出ていないんだ」と叱責するところから始まれば、関係性が悪化する。相談が減って思考の質が下がり、行動の意欲も失われ、さらに結果が悪くなるという悪循環にも陥りかねない。
「一見遠回りに見えますが、関係の質から高めることが非常に重要です」(三小田氏)
関係構築には、心理的安全性も欠かせない。ただマネージャーが「何でも話していい」と言っても、部下はどこまで話してよいのかわからない。そこで、まずマネージャー自身が自己開示したり、失敗談を話したりすることで、「ここまで話してよい」というラインを示すことが大切だという。
社員同士の接点を増やす方法もある。ヤプリでは、中途入社者が所属チームのメンバーと交流した後、別組織の社員へと数珠つなぎでつないでいく「バトンランチ」を実施している。部署やそこにいる人を知ることで、部門間の疑心暗鬼やセクショナリズムを防ぐ狙いがある。
「感情設計」を日々のマネジメントに組み込む
自律性・有能感・関係性を高める方法を知るだけでは、組織は変わらない。こうした考え方を日々のマネジメントサイクルに組み込む必要がある。
まず目標設定では、上位組織の戦略を単純にメンバーへ割り振るのではなく、それぞれの強みや課題を加味し、2~3割程度は挑戦的な目標とする。さらに、本人のやりたいことを示す「Will」、できることを示す「Can」、会社が求める「Must」をすり合わせ、本人の希望と組織の期待が重なる部分をつくることで、目標への納得感を高める。
目標設定後は、定期的な1on1などを通じて、関係づくりや検討支援、行動支援を行う。
「目標を与えて、『あとは勝手にやってくれ』では乱暴すぎます。最初は手間がかかると思うかもしれませんが、1周、2周と伴走していけば、3周目、4周目には自走できるようになる。むしろ、どんどん手離れが良くなっていきます」(三小田氏)
そして評価では、成果だけでなく、何ができたのか、何が課題なのか、次の等級に上がるために何が不足しているのかまで具体的にフィードバックする。自身の現在地がわかることで、社員は次に取り組むべき能力開発のテーマにも納得感を持てるようになる。
ANAグループも実践!「伝わる」「つながる」「学べる」アプリ
ヤプリでは、こうした「感情設計」を仕組み化するため、社内エンゲージメントアプリ「UNITE by Yappli」を提供している。同サービスでは、自律性・関係性・有能感という3つの心理的欲求を、「伝わる」「つながる」「学べる」という具体的な機能に置き換えている。
講演では、ANAグループの導入事例も紹介された。同グループでは、国内外で働く4万人超の社員同士、また社員と会社とのつながりを強めるために社内アプリを活用している。たとえば、QRコードで社員同士のプロフィールを交換できる「リンクミー」という機能を用意。これまでになかったコミュニケーションやつながりを生み出そうとしている。また、ANAグループが受け継いできた文化や価値観を後世へ伝えるため、アプリを通して小さなアクションを積み重ねているという。
エンゲージメント向上のために重要なのは、施策の数を増やすことではない。会社の目指す姿と自分自身の仕事がつながり、社員が納得して「やってみよう」と思える状態をどうつくるかだと三小田氏。そのためには、社員の感情まで含めて設計し、日々のマネジメントに落とし込んでいくことが求められている。
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