2026年5月26日〜27日にポルトガル・ポルトで開催された「HR World Summit 2026」。私が参加し、そこで得た学びを5回にわたりお届けしています。第1回では、AI時代の企業の競争力を最後に分けるのはテクノロジーそのものではなく、人の感情や意志に向き合い、それを組織の力へとつなげる「Humanity(人間らしさ)」であること。続く第2回は、AI時代の人事戦略に必要な力を2つの言葉で整理しました。1つは人事言語を経営に伝わる言葉に「翻訳」すること。もう1つは過去の成功体験や慣性に縛られた前提を外し、組織が次の一歩を踏み出せる状態をつくる「錨を上げる力」。では実際に、組織の「錨を上げる」とは何を意味するのでしょうか。組織変革が頓挫する理由は「危機感が足りないから」でも「現場が変化を嫌がるから」でもありません。変革を前に進めるための条件が欠けているからです。本記事ではその要点に迫ります。
組織変革が滞るのは意志ではなく設計の問題である
AI時代がもたらす組織変革という荒波。カンファレンスでは、戦略的に起こす変革も、環境変化として余儀なくされる変革も、失敗する要因は大きく分けて3つあることが語られていました。
第1に「主体性を引き出せないこと」です。制度や構造を変えても、現場が「自分もこの変化の担い手だ」と感じられなければ、変革は経営側の掛け声だけに終始します。
第2に「組織文化を戦略として捉えないこと」です。対話の量と質、失敗の扱い、声の上げやすさ。こうした、変革の成否を左右する文化的な要素を、結果論として捉えてしまっているのです。
第3に「変革のコストを甘く見てしまうこと」です。情報の透明性の不足、残る社員へのケア不足、対話への時間投資不足が重なると、組織は静かに、しかし確実に失速していきます。
Amazon Web Services(以下、AWS)のExective in Residenceであるフィル・ルブラン氏は、複雑で変化の激しい時代に強い組織の在り方を、タコにたとえて説明しました。タコは神経の多くが腕の側に分散し、脳という中央の指示を逐一待たずに動けます。ルブラン氏はAWSがAI時代の変革を推進するコンセプトを、このタコの身体構造になぞらえました。上位者の指示でようやく動く組織ではなく、現場が判断の実権を握り、即座に行動できる組織でなければ、外部環境の変化に適応できないのです。
ルブラン氏は、AWSや他企業からの学びをさまざまなたとえ話で表現します。「モンキーと台座の法則」は、多くの組織変革のつまずきを端的に表していました。
企業はしばしば、本当に難しいテーマである社員のマインドや行動、振る舞いを変えることに向き合わないまま、目に見えて整えやすい制度や仕組みから着手してしまいがちです。しかし、どれだけ立派な台座を用意しても、肝心のサルがその上で動けなければ意味がありません。
新しい組織図、会議体、評価制度、AIツール。そうしたものは必要です。しかし、社員1人ひとりが内面の変化を通じて未来に対峙しなければ、どんなに仕組みやルールを整えたとしても組織は変わらないのです。
ルブラン氏はもう1つ、登山家が険しい山道で生き残るために装備を極限まで軽量化したという話をしました。着替えや工具など、厳選して持ち込んだ「必要なもの」でさえ、生き延びるためには捨てる。その決断が運命を分けたのだといいます。
これは、リーダーの役割は必要と思うことを足すことではなく、動けなくしている重さを取り除くことだという示唆を与えてくれます。不要な承認、情報共有の遅延、話しづらい空気、現場が考える余地を奪う細かな管理。こうした変革の推進力の足かせとなる重さを取り除くのがリーダーの仕事なのです。
現場が主体性を発揮したくなるように、コストがかかるとしても対話に時間を割き、変革を妨げる重しを取り除くことで、変化に対してポジティブな組織文化を醸成する。この役割がAI時代の人事には求められています。
カルチャーを戦略として捉え直す
このカンファレンスでは、「Culture as a Strategy」という言葉がメインセッションテーマに挙げられていました。組織文化とは、変革が終わった後に自然と整う副産物ではありません。情報はどこまで共有するのか、失敗は評価するのか、どうしたら自分の仕事に意味を感じられるのか。これらを考えることは、変革を成功へ導くための前提そのものです。
重要なのは、組織文化を“空気”として放置しないことです。変革を前に進めるための「経営の実装条件」として捉え、必要な行動や関係性、意思決定のあり方まで設計することが求められます。情報共有の遅れ、チャレンジしたが失敗した社員の離職、対話への時間投資不足。こうした事象は単なる運用ミスではなく、変革を支えるカルチャーが設計されていないことの証左なのです。
どれだけ正しい戦略ストーリーを掲げても、人は不安を抱えたままでは動けません。現場に受け身が残れば、変化は上滑りしていきます。だからこそ、組織変革を本気で進めるには、自社の組織文化を構成する要素を見極め、事業戦略を実現するうえで何を残し、何を変えるべきかを意識的に捉えなければならないのです。
この記事は参考になりましたか?
- イベントレポート《海外》連載記事一覧
-
- 組織変革はなぜ頓挫するのか Cultureを“戦略”として捉える企業だけが前に進める理由
- AI時代の人事戦略に求められるのは「翻訳」と「錨を上げる」という能力だ
- AI時代こそ「Humanity」を経営インフラへ 世界のHRリーダーが立ち返る組織と個人の...
- この記事の著者
-
佐藤 邦彦(サトウ クニヒコ)
HumanDriven株式会社 代表取締役 CEO
早稲田大学政治経済学部卒。2008年リクルートに新卒入社。HR領域で営業、企画、マネジメントを経験。2015年からはリクルートホールディングスにてシェアリングエコノミーの事業開発、働き方変革推進のプロジェクトリーダーを務める。2020年にココナラへ参画...
※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

