人的資本経営を進める上であるべき目的とは
HR-KPIについて語る前に、念のため人的資本経営とは何かを確認し、取り組む目的を考えてみましょう。
人的資本経営とは、「人材を資本として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方」(経済産業省)を指します。これに異を唱える人はいないと思いますが、漠然としているので、各社がその本質的な意味合いを解釈し、実効性のある取り組みにつなげる必要があります。そうしないと、人的資本経営というキーワードが上滑りし、「世の中みんながやるようなので、何となくやっている」という状態となって、成果が出ぬままいつしか消える……という、よくあるパターンに高い確率で陥ってしまいます。
そもそも、人的資本経営は何のために、誰のためにやるのでしょうか? そこから考えるのが普通ですが、キーワードがここまで先行してしまうと、焦りの中で知らず知らず後回しになってもおかしくありません。すでに人的資本経営の活動を進めていらっしゃる企業も、今一度冷静な視点で振り返ってみましょう。
株価に少しでも良い影響を与えるため、ESG投資の対象銘柄になればOKでしょうか? また、誰か偉い方からの覚えがめでたければ、それでOKでしょうか? もちろん、それらは副次的なものでしかないに決まっています。その意味合いを捉え、正しく取り組む「目的」を設定しないと、前述のパターンに陥るでしょう。
伊藤レポートをはじめとして、人的資本経営に取り組む企業の事例がさまざまなところで紹介されていますが、目的がいまいち不明確ということもあり、何となく横並び的です。「ISO30414」の各項目をベースに、文言もほとんどそのまま、網羅的に情報開示しているような例も散見されます。それがその企業固有の課題に即している可能性もありますが、あまりに多くの企業が同じようなテーマを掲げており、疑問に思うことも正直あります。
例えば、「女性管理職比率」というKPIを設定している企業が多いようですが、どの企業でも共通の目的かというと、どうでしょうか。しかも、ISO30414で例示されているものについて、レベル感が異なるものが並列に並んでおり、愚直に反映しようとすると、自社のKPIの全体像が崩れる恐れもあります。ガイドラインありき、政府筋のレポートで示されている例ありきではなく、貴社のビジネスにとって、何を開示すれば具体的なメリットにつながるのか。こんな状況だからこそ、「目的志向」で考えるべきでしょう
HR-KPIは将来性を評価してもらうための「先行指標」
単なる義務として「HR-KPIの開示」を捉えるのではなくて、自社にとってメリットを生み出すツールとして位置付けるならば、各ステークホルダーに対して、自社を選んでもらうための「先行指標」 として機能させることが然るべき──といいますか、それしかないと思います。
企業を前に動かし、将来につなげる原動力は、間違いなく「人」です。もしあなたが、投資家の立場だったら、投資先候補の1社について調べたときに、その企業に優秀な人材が続々と入り、しっかりと定着が図られ、然るべき育成が施され、新しい価値がボトムアップ的に生み出されているとしたらどうでしょう。投資先として魅力を感じますよね。また、転職先として検討している場合でも、それらの情報は貴重でしょう。