1. 事件の概要
本件は、被告会社(以下「Y社」)の従業員であった原告(以下「X」)が、Y社に対し、雇用契約に基づき、平成28年10月1日から平成30年1月31日までの就労に係る割増賃金等を求めた事案です。
今回は様々な争点の中から、業務手当と割増賃金の関係について取り上げます。
(1)Y社
Y社は、不動産の売買、賃貸、仲介等を目的とする株式会社です。被告(以下「Z」)は、本件当時、Y社の代表取締役であった者です。
(2)雇用契約締結までの過程
Xは、平成28年9月頃、転職サイトの求人広告を見て、Y社に対し、採用の応募をし、後に上司となったCの面接を経て採用されました。
Cは、同面接の際、Xに対し、賃金について、月30万円である旨のみ説明し、その中に残業代が含まれる旨の説明をすることはありませんでした。
Y社は、平成28年9月21日、Xに対し、採用内定通知書を交付しました。同書面には、勤務時間を午前10時から午後8時まで(休憩昼2時間)とし、給与を固定給30万円とする旨の記載はありましたが、業務手当についての記載はありませんでした。
Y社は、平成28年9月26日、Xに対し、労働条件通知書を交付しました。同書面には、勤務時間を午前10時から午後8時まで(休憩は昼1時間、他1時間)とし、給与を固定給30万円とする旨の記載はありましたが、業務手当についての記載はありませんでした。
Xは、平成28年10月1日、Y社との間で、次の内容を含む期間の定めのない雇用契約を締結しました。
- ア所定労働時間 1日8時間(午前10時から午後8時まで。休憩時間2時間)
- イ休日 週休2日制(曜日の固定なし)。年間所定休日125日。
- ウ賃金支払日 毎月15日締め、当月25日払い。
そして、Y社は、Xに対し、賃金として毎月基本給16万円、業務手当14万円に通勤費を加えた額を支給していました。
(3)Xの勤務状況
Xは、平成28年10月1日にY社に入社した後、A部の広報を担当し、さらに、同年11月頃からは、Y社が新規に立ち上げた便利屋事業(顧客から受注した各種作業をY社の賃貸物件の入居者に斡旋してスタッフとして作業を行わせる事業)のスーパーバイザーとして、同事業の営業活動や事務作業を担当するなどしていました。
Xは、A部の広報活動として、メディアキャラバン(雑誌への広告記事の掲載の売り込み)、月30件以上の入居手続き、Y社が管理する物件の多目的スペースで月2回以上開催するイベントに関する業務(準備、来客対応、片付け等)を行っていました。
便利屋事業の受注件数は、事業立ち上げ当初は月10件程度でしたが、平成29年夏頃には、月30件程度に上り、問い合わせの件数は月100件程度に上っていました。
Xは当初、1人でこれらの顧客からの対応を行っていたほか、作業に従事するスタッフヘの対応、スタッフの労働管理や経費処理等も行っていました。
また、受注件数の増加に伴い、便利屋事業に専属しない従業員が同事業を補助することになりましたが、Xは、その教育も担当することとなりました。
Xは、出退勤時にタイムカードを打刻していました。タイムカードについて打刻の誤りや漏れがあった場合には、Xの上司であるBやCが確認した上で、適宜訂正をしていました。
(4)Xの退職と訴えの提起
Xは、平成30年1月31日、Y社を退職しました。
Xは、平成30年10月12日、本件訴えを提起しました。
(5)Y社の就業規則と賃金規程
Y社には、Xが在職していた当時、就業規則や賃金規程は存在しませんでした。
Xが退職した後の平成30年5月8日に施行されたY社の就業規則には、次の規定があります。
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ア労働時間(38条1項)
始業時刻は午前10時、終業時刻は午後8時とし、休憩時間は午後0時から午後1時までの1時間及びその他1時間とする。 -
イ時間外労働(46条)
Y社は、業務の都合により、所定労働時間を超えて、又は所定休日に労働させることがある。(1項本文)
Y社の命令がない場合、労働者は、自ら法定の労働時間を超えて労働し、又は法定の休日に労働しようとするときは、あらかじめ、その所属する長の許可を得なければならない。
この場合、労働者が当該許可を得ないで法定の労働時間を超えて労働し、又は法定の休日に労働したときは、Y社は、当該労働者に対し、当該労働をした時間又は日に係る通常賃金及び割増賃金を支払わない。(2項) -
ウ賃金(59条)
労働者の賃金は、別に定める賃金規程により支給する。
Y社は、平成30年5月8日、従業員の過半数を代表するBとの間で時間外労働・休日労働に関する協定を取り交わしました。