今回の要旨
多くの日本企業は、歴史的に業務ごとに縦割りの組織でサービスを提供するというHRサービスデリバリーモデルを採用してきた。ビジネスへの戦略的なサポート、専門性を生かした施策立案、効率的なオペレーションの遂行という役割ごとに組織化している欧米型のHR Target Operating Modelを志向する日本企業も増えてきたものの課題は多く抱えている。その中で欧米企業はDXを活用してオペレーションを徹底的に効率化して付加価値創出により重きを置くモデルに進化しつつあるが、同じことを日本で実現しようとすると、既存の人事部員の大規模な配置転換が最大のチャレンジとなる。
日本と欧米のHRサービスデリバリーモデルの違い
HRサービスデリバリーモデルとは、人事部門としてのサービスをどのような体制、役割分担で関係者(ビジネス部門や従業員)に提供するのかというスキームのことである。本稿では日本企業に多く見られるHRサービスデリバリーモデルとそこに内在する課題、海外事例を紹介しながら、DXを活用してHRサービスデリバリーモデルを進化させる上でのチャレンジについて論じたい。
日本企業では、人事部長をトップとしてその下に機能ごとの課がぶら下がるような、文鎮型のHRサービスデリバリーモデルを伝統的に採用してきた。そこには、領域ごとの課題には専任チームがしっかり対応できるというメリットがある一方、組織横断のテーマへの対応や、ビジネスサイドからのリクエストにスピーディーに対応できないといった課題(サイロ化)がある。具体的には、部署・チーム間の横連携が取れていない、自部署の目線だけで考えがちで、会社全体あるいはビジネスサイドにとって有益な動きにつながりづらい、といったものである。
一方、欧米では、20年以上前からHRターゲットオペレーティングモデルとして「HRBP」「CoE」「HR Operation」の3ピラーモデルが主流となり、多くの会社が採用してきた。このモデルは、米ミシガン大学のデイビッド・ウルリッヒ教授が20年以上前に提唱したもので、次の3つの役割から人事のオペレーティングモデルを規定したものである。
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- ①HR Business Partner(HRBP)
- ビジネスと人事の両方の高い知見に裏付けされた戦略的なアドバイスをビジネス部門に提供する。
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- ②Center of Excellence/Expertise(CoE)
- 人事の中でも報酬や人材開発など特定の領域で、高い専門性を駆使して人事制度や施策の立案を推進する。
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- ③HR Operation
- 各種人事データのメンテナンスや手続き・申請処理などの定常業務を効率よく遂行する。
すでに多くの欧米企業がグローバルレベルで、このHRターゲットオペレーティングモデルに基づいた設計の人事組織に移行しており、人事に関するプロセスやシステムの標準化・効率化・高付加価値化を進めてきている。日本企業でもこのモデルを志向している企業は少なくないが、欧米企業と比較するといずれの役割も十分に機能しているとはいえないケースが多い。
CoEは、領域専門家のチームとして企画や制度を立案することは得意だが、それらを施策として展開する際にイニシアチブを取り切ることに難があるケースが多い。とくにグローバルにビジネスを展開する日本企業において、グローバル横断で横串を通した形でのプロジェクト遂行ができず、各国・各地域それぞれで物事が進み、統制が取れなくなる。こうなってしまうと、従来の日本型モデル(文鎮型)との差異はあまりなく、明確なアドバンテージが出せていないということになる。
HR Operationについては、部分的な改善を積み重ねることには長(た)けている一方、痛みを伴うような改革を大胆にやり切ることが不得手な日本企業の特性が悪いほうに出て、業務の一部分をピックアップする形での業務集約にとどまって集約効果が限定的となり、結果としてHRBPにオペレーショナルな業務が多く残るという形でしわ寄せがいってしまっているという企業が多い。
また、HRBPには、人事領域全般における知見にとどまらず、ビジネスそのものに対する深い理解とそれを前提とした影響力の行使が求められる。しかし、日本企業では人材の配置戦略として、とくにキャリアの浅いうちは企業内のさまざまなポジションを経験させるローテーション制を採用していることが多く、ジョブローテーションを多く繰り返す中で、ビジネスへの理解は広く浅いものとなり、本来HRBPが行うべき戦略的なアドバイスの提供が難しくなる。結果として、HRBPが本来の役割をなかなか果たせず、部門人事として人事オペレーションを行うことが業務の中心となってしまう。