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人事労務事件簿 | #45

周知していないため、固定残業代を時間外労働の対価とは認めず(東京地裁 平成30年4月18日)

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 就業規則、賃金規程は作成するだけでは不十分です。従業員に周知することも労働基準法で義務付けられています。今回紹介する事案は、企業が固定残業代を時間外労働の対価とするという賃金規定を従業員に周知していないと判断され、労働契約に基づき賃金未払分の支払いを命じられたものです。周知していないとはどういうことか。その判断のもとになった法律とは。

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1. 事件の概要

 本件は、被告(以下「Y1社」)および被告(以下「Y2社」)の従業員であった原告ら(以下「X」ら)計4名(以下「X1」「X2」「X3」「X4」)が、労働契約に基づき賃金未払分などを請求した事案です。

 今回は、固定残業代の判断について解説します。

(1)当事者

 Y1社およびY2社は、主にエステティック技術の施術等の美容業を提供する株式会社であり、全国に約30店舗を展開しています。

 Xらは、Y2社との間で労働契約を締結した後、Y1社に出向し、その後、Y1社に転籍し、同社を退職した者です。

(2)XらとY1社・Y2社の間の労働契約の内容

①労働条件

  1. 契約期間:期間の定めなし
  2. 就業時間:①10:00-19:00、②11:00〜20:00、③12:00〜21:00、④13:00〜22:00、⑤14:00〜23:00のシフト制。休憩1時間。1日の所定労働時間8時間。
  3. 賃金支払い日:当月末日締め、翌月15日払い
  4. 賃金:基本給、特殊勤務手当、技術手当、役職手当、通勤手当、業績給、販売業績、特別業績給、地域手当および住宅手当で構成

②業務内容

 Xらは、Y1社およびY2社において、エステティック技術の提供、カウンセリング業務および商品販売等の業務に従事していました。

③労働時間

 Y1社らにおけるXらの所定労働時間は8時間です。

 Y1社らは、残業の申請制を採用しており、これに基づいて月末にまとめられる残業時間が残業管理表(以下「本件残業管理表」)に記載されています。

 また、Xらは、出退勤の際、タイムスタンプを押しており、これをまとめたものが勤怠管理表です。

(3)Y1社の賃金規程(諸手当について)

第3条(諸手当)

 従業員が従事する職務の内容、地位や経験などによって、該当する手当を月額で支給する。

  1. (略)
  2. 特殊勤務手当 3万円

    特殊勤務手当は下記の目的で支給する。

    1. 従業員が業務の都合によって休憩時間を規定通りにとれない場合、または清掃や後片付け、あるいは開店準備や閉店締め作業など、通常勤務時間外に通常業務の補足的な仕事を行わなければならない場合を想定して、その休憩時間や労働時間に該当する時間外労働手当として特殊勤務手当を支給する。この手当に該当する時間外労働時間は23時間とする。
    2. 総合職においては(店舗営業時間の関係上)深夜勤務が日常的に発生する可能性があり、その深夜勤務手当の加算額相当額を補う目的として支給する。
  3. 技術手当 1万円

    技術手当は下記の目的で支給する。

    3条の2特殊勤務手当の(1)(2)の項に該当する時間外労働手当および深夜勤務手当の加算額の合計額が、特殊勤務手当の支給額を超える場合において、その不足額を補てんする目的のために支給する。この手当に該当する時間外労働は7時間とする。

  4. 地域手当 0円〜2万円

    地域手当は、従業員が居住している地域によって、家賃や生活物価などに差があることを考慮し、生活給として地域格差をなくすために支給する。

  5. 役職手当

    従業員の勤務態度、勤務成績に応じて昇格した場合は、役職に応じて役職手当を支給する。役職手当は、その役職に該当する従業員に、3条の2特殊勤務手当の(1)(2)の項ならびに技術手当に規定された時間外労働時間を超えて時間外労働が生じた場合、その不足した時間外労働手当を補てんする目的で支給される。役職手当で補てんされる時間外労働手当はチーフセラピストの場合10時間、サブマネージャー以上の役職者は15時間とする。

チーフセラピスト 1万5千円
サブマネージャー 2万5千円
マネージャー 4万円
メインマネージャー 6万円
ディレクター 8万円
ディアルディレクター 11万円
マネジメントディレクター 非公開
エグゼクティブディレクター 非公開

(4)Y1社の就業規則および賃金規程の周知状況

 Y1社の上記就業規則および賃金規程(以下「本件就業規則」) は、本店の総務部に備え置かれていましたが、各店舗には備え置かれていませんでした。

 本件就業規則は、平成28年8月1日以降(Xらの退職後)、Y1社の各店舗のイントラネットで閲覧できるようになりました。

(5)Y1社らにおける時間外労働の精算方法

 Y1社の従業員は、所定終業時刻に接客業務が終わらない場合、店長に残業の申請を行い、店長がこれを許可すると、当該残業時間が本件残業管理表に記載されていました。

 Y1社は、従業員に本件残業管理表に基づいて算出された残業代を「通常時間外手当」として支給していました。

(6)業績給、特別業績給および販売業績給

①業績給

 Y1社は、店舗ごとに売上目標金額および売上達成に伴う業績給額を設定し、当該店舗が売上目標を達成した場合、これを業績給として当該店舗で勤務する従業員に支給していました。

②特別業績給

 Y1社は、月間の個人売上額が一定額を上回った場合、これに応じた業績給を特別業績給として従業員に支給していました。

③販売業績給

 Y1社は、従業員が「顧客に対して毎月1万円でY1社らの商品を2点選ぶことができる」という内容の契約を締結した場合、1件当たり5000円を販売業績給として支給していました。

(7)住宅手当

 Y1社は、従業員に対し、親族から家賃補助等を受けておらず、本人名義で契約したアパートに居住しているなどの申告をさせたうえで、基準に則り、従業員の住宅が存在する地域や最寄り駅からの距離等に応じて、住宅手当を支給していました(以下「本件住宅手当」) 。

(8)本件訴訟に至る経緯

 Xらは、平成28年7月7日(X4は同月14日)、加入した労働組合を通じて、Y1社らに対し、「第1回団体交渉要求書」と題する書面を交付しました(以下「本件通知」)。

 同書面には、以下の通り記載されていました。

  • 過去2年間分の労働時間記録(タイムスタンプのデータおよび残業申請書等)、給与明細書のコピーを書面にて提出すること
  • 早出、休憩未取得、残業、休日出勤等に対して、未払いである賃金を支払うこと
  • 労働時間管理が適切に行われていなかったことを認め、それによって未払いになっている賃金を支払うこと

 Y1社らは、本件通知を踏まえ、労働組合との間で、同月27日、第1回団体交渉を行い、同年8月31日、第2回団体交渉を行いました。

 この中で、Y1社らは、労働組合に対し、Xらの過去2年間分の労働時間記録および給与明細書等の資料を開示しましたが、未払賃金の支払いには応じませんでした。

 Xらは、平成29年11月6日、本件訴訟を提起しました。

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この記事の著者

坂本 直紀(サカモト ナオキ)

人事コンサルタント、特定社会保険労務士、中小企業診断士、坂本直紀社会保険労務士代表社員。就業規則作成・改訂、賃金制度構築、メンタルヘルス・ハラスメント対策社内研修などを実施し、会社および社員の活力と安心のサポートを理念として、コンサルティングを行う。 ホームページに多数の人事労務管理に関する情報、規定例、...

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

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