SmartHRの人事戦略とタレントマネジメント
SmartHRは、人事・バックオフィス向けのプロダクトを提供するSaaS企業。同社は「『well-working』 労働にまつわる社会課題をなくし、誰もがその人らしく働ける社会をつくる。」というミッションを掲げて、人事・労務業務のDXや人材タレントマネジメントの推進を支援している。
プロダクトのリリースから10年を迎えた現在、年間定期収益は200億円を突破。社員数は1400人を超える大規模な組織になった。
人事の六原氏は、「現在のSmartHRは自社を『スケールアップ企業』と位置付けている」と話す。スタートアップ期を超え、今後さらに市場のシェアを広げる余地があり、事業・組織の変化が目まぐるしいフェーズの企業のことだ。

六原 恵(ろくはら めぐみ)氏
株式会社SmartHR 人事統括本部 人材・組織開発本部 Director
人材系企業での営業・人事経験を経て、2020年株式会社SmartHRに入社。オンボーディング設計、サーベイ・評価運用など人事の初期基盤構築を担当後、組織人事(現HRBP)・人材育成などの部門立ち上げに携わる。2025年1月より現職。組織と人のサステナブルな成長を目指し、人材育成、タレントマネジメント、DEIB、障害者雇用領域の推進に努めている。
こうした拡大期には、人事に求められる役割も大きい。「人事は、このフェーズにフィットし、かつ会社が大企業を目指して成長のドライブになるような施策を打つ必要がある」と六原氏。
同社はさらなる事業拡大のために、「マルチプロダクト戦略の推進」や「新規事業の創出」といった経営戦略を打ち出している。そして、その経営戦略にひも付いた人事戦略として、「スケールアップ企業として活躍する人材の確保と環境の整備」と「再現性をもって急成長を持続させられるサステナブルな組織基盤の構築」の2項目を掲げている。
「スケールアップ企業というフェーズならではの活躍人材を特定し、採用・育成する必要があります。また、これまでは短期的な時間軸で人や組織の問題解決を行ってきたものの、今後はより中長期を見据えて、組織・人事の基盤作りに注力しようと考えています」(六原氏)

これらの人事戦略を進めていく手段はいくつかある。その中でもSmartHRが重視している「タレントマネジメント」は、活躍人材の確保と、組織内で持続的に人材を輩出する基盤づくりの両方に寄与する。
「事業成長のコアとなる人材を発掘・育成し、機会を渡し続けること、そして全社員のポテンシャルを磨き上げて最大限の力を発揮してもらうことがどちらも重要。それを達成する1つの重要な手段がタレントマネジメントです」(六原氏)
同社のタレントマネジメントは、2つのアプローチと土台から成る。1つ目のアプローチは「キータレントの戦略的育成」。これは、重要なポジションを定めてその可能性を持つ人材を抜擢・育成するやり方だ。組織が拡大してもジャストインタイムでの登用を目指す。
もう1つのアプローチが「キャリア自律支援」だ。全従業員がそれぞれのキャリアを考えてチャレンジできる機会をつくり、その機会を通して能力を高めていくというアプローチである。
これらのアプローチは、事業成長のために率直にフィードバックし高め合う「フィードバックカルチャー」の土台があることで支えられる。これが同社のタレントマネジメントの考え方だ。

タレントマネジメントの実践内容とポイント
続いて六原氏は、同社でのタレントマネジメントの実践について、具体的な取り組みを語った。
SmartHRが本格的にタレントマネジメントを開始した2022~2023年には「差し迫った課題があった」という。組織の急拡大に人材の成長が追い付かず、上位・ミドルのマネジメントポジションが不足していたのだ。「1人では見切れないので、ここにもう1人マネージャーを置かなければ」といった消極的な配置も多かったという。
この問題を解決するために、キータレントの特定と育成が急務だと考えた同社では、VP、Director、Managerといった上位~ミドルマネジメントの3レイヤーを重要ポジションと定め、選抜・育成に注力しはじめた。
キータレントマネジメントは、次図のようなサイクルで実施した。ポストを定めてタレントの選出をしたのち、育成・任命をしていくというプロセスだ。

六原氏は、このキータレントマネジメント実践におけるポイントを、「将来の組織体制やポストの要件は、組織拡大の中でかなり早く変わる。この見直しを短期で行いつつ、バランスを取りながらタレントを選出・育成すること」と強調した。
では、キータレントの選出をどのように行うのか。まずは「可視化」のために、タレントに関する属性情報、評価、本人のキャリア希望を参照し、推薦者(上長)がタレントを選出する。その後、「タレント会議」と呼ばれる場で、推薦背景や育成計画について話し合い、その結果に基づいて選出される。
このときの人事の役割は、現場が推薦した候補者のパイプラインを見える化し、会社の成長に対して順調に育成が進んでいるか、選抜された人材に性別や属性の偏りがないか、といった客観的な評価を行うことだ。
選抜の次は育成のステップに進む。ここでは「育成を行うのは現場」という考え方に基づいて、人事は現場に育成計画やアクションプランを検討するためのガイドツールを提供。あくまで現場部署がタレント育成を進められるよう、⽀援を行っているという。
加えて、「VP・経営候補⼈材」「ミドルマネジメント」といったタレントプールごとに横断的な研修(SmartHR Talent Program)を実施。経営陣のほか外部講師も招いて、約半年間の集中研修を行っている。
タレントマネジメントの成果と3つの学び

タレントマネジメントに取り組み始めて3年ほど経った現在、成果はどのように表れているのか。
六原氏は「上⻑・経営に、後任を育成するという意識が生まれた」ことを成果の1つとして挙げた。
「スタートアップを経験してきた経営陣や上長は、自分が頑張ればいいという意識が強かったんです。しかし、中長期的に会社を成長させるためには、後任の育成も必要。現在は、少し先の未来の組織や人の最適配置を考える広い視点が生まれて、育成についての議論も活発化しています」(六原氏)
また、キータレントマネジメントのプロセスを経て、VP・ミドルマネジメントが複数就任するという実績も出てきている。「人が足りないから」ではなく、タレント会議で指摘された育成課題が改善されたうえで、登用後の活躍も見込んだ状態での適切なポジション配置が実現しているという。
これまでの取り組みを経て、六原氏は、拡大期の企業がタレントマネジメントを実践する際のポイントを3つ挙げた。
1つ目は、完璧な計画よりも、課題ベースでとにかく取り組み始めること。2つ目に、組織・事業の拡大の肝になるポジションを特定し、重視すること。経営人材も大事だが、SmartHRのようにミドルマネジメントなどのハブ的な役職の重要度が高い可能性もあるからだ。そし3つ目が、「育成の主体は人事ではなく現場の部署」という意識である。
拡大期の「キャリア支援」のあり方
これまでSmartHRが実施してきたタレントマネジメントは、1つ目のアプローチ「キータレントの戦略的育成」がメインだった。六原氏は、もう1つのアプローチである「キャリア自律支援」について、現在そして今後どのような取り組みを予定しているのか説明した。
目の前の課題解決に集中せざるを得ないスタートアップのフェーズでは、中長期の従業員のキャリア施策を実施することが難しかった。現在、中長期での経営目標も定まったことで、ようやくキャリア施策を実行する土台が整ってきたという。
そこで、タレントマネジメントの第2ステップとして「CDP(Career Development Program)」を整備中だ。たとえば、「キャリチャレ」という社内公募制度や、社員がキャリアを考える起点となるキャリアアンケートなどの取り組みが始まっている。
組織の拡大・変革期にある会社では、「こういう経験を積んで、このポジションになれる」といった確かなキャリアを確約するのが難しい。そこで、「自己研鑽とキャリアの最終責任者は自分自身である」という主体性に重きを置いて、「チャレンジする人にチャンスを」という考え方で従業員の挑戦を後押しする。会社は機会を提供することで、従業員のキャリアを支援するわけだ。
六原氏は「まだ始めたばかりなので、これからSmartHRにフィットするキャリア支援の形を探っていきたい」と意気込みを語った。
タレントマネジメントを支えるSmartHRプロダクト
最後に、タレントマネジメントの取り組みを支えるSmartHRのプロダクトの一部が紹介された。「キャリア台帳」「マネジメント育成計画」「HRアナリティクス」の3つだ。SmartHRでも、これらの自社プロダクトを使って、タレントマネジメントにおける課題を解決してきた。

キャリア台帳は、従業員の人事評価や属性情報、キャリア希望などを集約し、従業員ごとのページで確認できる機能だ。
マネジメント育成計画は、従業員データを活用しながら複数の候補を可視化し、育成計画の議論に役立てることができる。
HRアナリティクスは、人事データから会社・部署の全体の傾向を把握できる機能。これによって感覚的な人事施策から脱却し、客観的な根拠のある判断につなげられる。
SmartHR自身も、これらのプロダクトを活用することでタレントマネジメントを推進している。六原氏は、今後もこういった機能を役立てながら「タレントマネジメントがSmartHRという会社の競争優位性の原点である状態」を目指したいと話した。
最後に、「組織拡大変革期にこそタレントマネジメントをスタートする意味がある」と実感を語った六原氏。次のように語り、セッションを締めくくった。
「完璧を求めず、目の前の課題から1つひとつ実践していくことが大事。また、変革期には自社の事業や、組織拡大のためのコアを見極めて、それにあったタレントマネジメントの施策を打つことが必要だと思います。そして、タレントマネジメントに使うデータは本当に多岐にわたるので、早めにタレントマネジメントの基盤を整えることをおすすめします」(六原氏)