【中長期課題】さらなる制度転換に向けた議論
今回の改正には、短期的な施行が見込まれる項目に加えて、中長期的な課題として継続議論される重要な論点があります。
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「労働者性判断基準」の見直しは、プラットフォームワーカーやギグエコノミーの拡大に対応した判断基準の再構築を目指し、「柔軟な働き方制度」は裁量労働制の見直しを含む多様な働き方の制度的選択肢の拡充を検討します。
また、「時間外労働上限規制見直し」や「年次有給休暇制度全般の整備」は、労働時間規制そのものの再検討を含む根本的な議論です。「テレワーク時みなし労働時間制」は在宅勤務における時間管理の新しい枠組みを模索し、「割増賃金制度の見直し」は時間ベースから成果ベースへの報酬体系転換を支援する制度検討です。
さらに「労使コミュニケーション将来像」や「労働契約と集団的合意」の関係整理は、個別労働関係と集団的労使関係をどう統合するかという制度思想の根本に関わる論点です。これらは引き続き審議会で議論され、段階的に制度化されていく見込みです。
企業規模別に求められる対応の重点
ここまでに見てきたようなさまざまな論点が労基法改正には含まれる予定ですが、単に改正内容だけが重要なのではなく、法令を活用するための働き方の戦略構築こそが重要であることが理解いただければ幸いです。これは人的資本経営と一体のものとして推進することになると思いますが、企業規模により注力すべき点は異なります。
大企業では、システム基盤の整備が最優先となります。勤怠情報とタレントマネジメント、エンゲージメントの情報を横断的に把握できる設計が必要です。また、複数の事業場の一元管理や、全社統一の働き方ルール設計など、規模が大きいからこそ可能な統合的な対応が求められます。
こうした対応において、最も重要な点は「人事労務をオペレーション主体の領域ではなく、戦略的領域だと見なす」という、日本の雇用政策に合わせた人事の捉え方の転換だと思われます。人事部門と事業部門、情報システム部門の連携体制を構築し、「働き方」に関する人材戦略を全社で推進する仕組みづくりが鍵となります。
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中堅・中小企業では、柔軟な働き方の導入が人材獲得の決め手となります。特に地方企業にとって、たとえばリモートワークや副業の受け入れは、地理的制約を超えて優秀な人材にアクセスする手段です。また規模が小さいからこそ、意思決定が早く、柔軟な制度設計がしやすいという強みがあります。経営層と現場の距離が近く、労使対話を実質化させやすい環境であることは、従業員のニーズに即した働き方を設計することを可能にします。
スタートアップ企業では、早期からの体系的な人材戦略構築が鍵となります。採用戦略、成長戦略、上場対応のすべての場面で、労務管理まで含めた人材戦略の整備が問われます。IPOやM&Aを見据えたとき、適法性の担保は必須ですが、それ以上に「当社ではこういう働き方を実現している」というメッセージが、採用広報や投資家との対話において強力な武器となります。組織の急成長期においても持続可能な働き方を設計できるかが、長期的な成長の基盤となります。
法令の性質が変わった以上、当然求められる対応
ここまで見てきたように、2027年労基法改正は、企業に多様な選択肢を提供します。事業場を超えた労務管理、労働時間の開示、労使コミュニケーションの充実化、副業・兼業の促進、フレックスタイム制などによる勤務時間の柔軟化、勤務間インターバルの確保など、それぞれが働き方の自由度を高める制度です。
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しかし、それらは制度として用意されるだけで、実際にどう活用するかは企業の判断に委ねられます。どれを選択し、どう組み合わせ、どう運用するかは、自社の人材戦略と整合している必要があります。人的資本経営の人材戦略と一体的に働き方に関する工夫を進めることが、今求められる最も重要な内容だといえます。
今回の各論の解説では、前編で見たような労働法制の性質が「規制」から「戦略的に活用するツール」へ変化していることを、具体的な論点別に理解いただけるように示しました。今回提示した論点ごとに、自社の状態を棚卸しし、対応の主軸についてはすぐにでも検討を始めることが重要だと考えられます。2026年の法案提出、2027年以降の段階的施行まで、時間は限られています。今から自社の現状を把握し、人材戦略を明確にし、働き方の設計を構想することが求められています。

