採用のトレンドは量から質に
ギブリーは「すべての人に成長を」を企業理念に掲げ、HR Techをはじめとする企業の成長支援事業を展開している。同社のHR Tech事業は、IT、通信、メーカーを中心にエンジニアに特化したサービスを提供しており、年間500社以上のエンジニアの採用から定着までを支援しているという。
講演の冒頭で山根氏は、エンジニアを抱える企業の人事担当者が理解するべき「技術トレンドの変化」「新卒一律初任給の廃止」「エンジニア採用の潮流の変化」という3つについて解説した。
1つ目の技術トレンドの変化では、2008年から2018年にかけて求人で重視される開発言語の違いを確認した。2008年の開発言語トップ5は「C#」「Visual Basic」「ASP.Net」「Java」「C++」であったが、2017年は「Scala」「Python」「Kotlin」「Swift」「Ruby」(スタンバイ調べ)と、データ分析やスマートフォンのネイティブアプリの開発に使われる言語に大きく変わったという[1]。この結果を見て、山根氏は、「採用担当者は、現在の自社における技術の需要だけでなく、今後の変化に備えて技術トレンドのキャッチアップが求められている」と訴えた。
2つ目の新卒一律初任給の廃止については、能力が高いエンジニア人材に対しては、新卒から同年代の平均以上の年俸を提示して囲い込む動きが、ITメガベンチャーを中心に出てきたことに言及。経歴にかかわらず成果を出すことも可能なエンジニア人材の採用だからこそ、こうした施策も打てるし必要になってくるのだろう。
3つ目のエンジニア採用の潮流の変化は、数年前から起こっていることを指摘。背景にはもちろん、人材の売り手市場がある。どの企業も、ダイレクトリクルーティングやリファラル採用のような、エージェントを通さない能動的な採用にも取り組む必要に迫られている。さらに、入社後できるだけ早く成果を出せる人材を求め、若手に対しても職種別採用を行いスキルフィットを重視する。ただし、選考に時間をかけていては他社に人材を取られてしまう。人材の見極めは平均2週間程度と、短期化に拍車がかかる。「短期間でエンジニアを理解し、引きつけ、適切な人材を入社させる時代が来ています」(山根氏)
さらに山根氏は、人事と現場のエンジニアとの間には採用においてギャップがあるケースが多いことも指摘。現場は開発チームの人数ではなくスキルの総和を大きくしたいと考えているのに対し、人事は採用人数の目標達成を優先しがちだというのだ。正しい判断とは、山根氏によれば次のとおりである。
「エンジニア採用で認識しないといけないのは、例えばスキルフィットしていない5人よりも、スキルフィットする1人の方が組織のスキル総和が高くなるということ。人事も現場と協力し、開発力を重視した採用に取り組んでいくべきなのです」(山根氏)
とはいえ、そもそも候補者のスキルを見極めることが難しい。その方法として山根氏は「コードチェック採用」を紹介した。コードを実際に書かせてスキルを判定するものであり、平均勤続年数が3年以内と短く、人材には即戦力になってもらわなければならない海外IT企業では、必ずと言っていいほど実施しているのだという。
ギブリーではこのコードチェック採用を支援するため、プログラミングスキルチェックツール「track」を提供している。trackはプログラミングテストの作成から採点、評価をワンストップで行えると山根氏は話す。採点によるスキル可視化を自動的に行うため、現場のエンジニアに採点の応援を要請する必要がない。しかも受験者の業界における位置付けまで判定できる。このようにスキルの可視化と工数削減を実現してくれるのがtrackなのだ。
注
手書きのコーディングテストに否定的な意見が続出
このtrackを2年以上利用し、エンジニアの採用に役立てているのがクラウドERPの「ZAC Enterprise」などを提供しているオロである。講演の後半は山根氏が聞き手となり、オロの黒河氏に同社のエンジニア採用におけるtrackの活用方法についてたずねるトークセッションを展開した。
オロがtrackを導入したのは2016年である。同社では、trackを導入する前から、エンジニアの選考フローにコーディングテストを取り入れていた。その背景には、情報系専攻の学生でも、実際に動くものを開発した経験のない人がいたことだ。彼らは入社後にパフォーマンスが発揮できず、本人のモチベーションダウンやベテランエンジニアの負担につながっていた。これを問題視した同社では、「学歴や面接だけで優秀なエンジニアかどうかを判定することが難しいのであれば、コードを書いてもらって判断しよう」となったと黒河氏は当時を振り返る。
ただし、当時のコーディングテストは来社して手書きで受けてもらっていた。売り手市場の中、面倒に感じて応募を控えてしまうケースも少なくなかった。さらに採点も手作業。通常の業務を行う傍ら、採点を行わなくてはならない現場の負担も大きかった。「そもそも手書きのコーディングに意味があるのか」「社内であまり使われていない言語のコードを読むのは負担が大きい」という否定的な意見も続出したという。
そこで、「現場の時間が有限である以上、優秀な人材を早期に見極め、クロージング(内定を承諾してもらうための取り組み)にリソースを集中させたいと考えた」(黒河氏)という同社はtrackの導入を決定した。売り手市場では、選考フローの途中で辞退された場合の損失が大きい。現場の評価負担を小さくし、短期間で応募者のスキルを見極めるには、人事が手軽に判断できるツールが必要だったわけだ。
求める人材像の定義がまず必要、その上で基準を探る
ツールを入れたとしても、当然ながら、必要な人材を正しく選考できなければ意味がない。黒河氏も求める人材像を明らかにする重要性を強調した。
「弊社の場合、プロダクト開発事業でも受託事業でも、社内における開発言語や技術の標準を毎年更新しています。どんな人材が必要かを考えた時、エンジニアが今馴染んでいる技術を基準に考えるのではなく、『問題解決能力が高いエンジニア』という人材像に至りました。具体的には問題解決に必要な新しい技術を学び、実務としてアウトプットできる人材でした」(黒河氏)
これを明確にした上で、社内にいる問題解決能力が高いエンジニアにテストを受けてもらい、ハイパフォーマーに求められる基準値を割り出したと黒河氏は話す。Javaを使って開発していると、つい「Javaでの開発経験5年以上」という条件で求人を出したくなる。そうではなく、長期的な観点から問題解決能力を判定するテストを独自で設計し、ハイパフォーマーになりうるかを判断するようにした格好だ。
「いわゆる伸び代がある人は、未知の問題に対しても高いスコアを出すことができます。短時間で解決方法についての勘所を見つけることができるのでしょう。優秀なエンジニアは情報の取捨選択がうまいので、論理的に考えると解ける問題で総合力を見極めるようにしています」(黒河氏)
加えてオロでは、人事が容易にかつ正確にスキルを見極めることができるよう、ハイパフォーマーとローパフォーマーの閾値を設定し、選考フローを運用できるようにしているという。導入したtrackが効果を発揮する準備がこれで整った。
track導入は現場にも良い影響をもたらした
オロはtrackを導入したことで、どんな成果を上げられたのか。山根氏の問いに対し、黒河氏は「ペーパーテストからの乗り換えで工数を80%削減できました。trackは自動採点なので、30分後には人事でも選考通過を判断できます。現場のエンジニアに採点の応援を頼む必要もなくなりました」と明かした。また、人事にエンジニア出身者がいないこともあり、評価にブレがあったそうだが、trackの導入で客観的な評価ができるようになり、人事とエンジニアの連携がスムーズになったことも成果の一つだという。
また、trackを使った採用プロセスは、現場にも良い影響をもたらしているようだ。
「振り返ると、これまではベテランが新卒のフォローに時間を取られ、技術力や開発スピードを削がれていた時期もありました。しかし今では、一定水準以上のスキルを見極めた採用ができるようになり、プロダクトをより良いものにすることに集中し、オープンなディスカッションができる環境に変わったと思います」(黒河氏)
新人が、リードエンジニアとペアプログラミングできるようになるまでの時間も短くなった。以前は1年後だったのが、今では入社後3〜6か月後。プロジェクトの体制を柔軟に変えられるようになったという。2016年のツール導入であり、データ蓄積という意味で継続が必要だが、それでも試験のスコアと入社後のパフォーマンスは相関があると実感していると、黒河氏は語る。
山根氏が最後にオロとして目指す今後のエンジニア組織について尋ねたところ、黒河氏は「エンジニアがエンジニアリングに集中できる組織にしていきたいです」と述べた。具体的には、採用の段階から中長期的に活躍する優秀なエンジニアを集め、前向きなエンジニアリングができるようにすることが今後の目標だという。
現在trackは100社以上で使われている。採用の場面だけでなく、社内評価などでも利用できる。社外の優秀な人材とスキルの比較ができるのも大きな特徴だろう。また、スキル評価だけでなく、2018年10月にオンラインプログラミング学習管理ツール「track LEARNING」」をリリース。さらに、国内におけるエンジニア組織全体の能力向上に向け、協力してくれる会社を募る計画だ。