コロナ禍で浮き彫りになった課題
市古明典(以下、市古):この数か月、どの企業もコロナ禍のためにテレワークの実施を迫られたわけですが、働き方改革の流れの中でテレワークの準備・導入を進めていた一部の企業はスムーズに対応できた一方、大半の企業は対応に苦慮したように思います。
渡辺尚人氏(以下、渡辺):コロナ禍により、いい意味でも悪い意味でも、日本企業の状態が露呈したと思っています。既存の業務システムの多くはテレワークに対応できていないように感じますし、結局、働き方改革はコロナ禍への対応の助けにはならなかったのではないでしょうか。結果として多くの企業では、テレワークの完全実施は叶わなかったのではないかと思います。
市古:なるほど。たしかに、働き方改革の実施においては労働時間の短縮にばかり注目が集まり、本来の目的である「多様で柔軟な働き方を選択できる社会の実現」は置き去りだったような印象です。その状況下でコロナ禍が発生してしまった。テレワークを実施できなかった企業が多いのは無理からぬことですね。
渡辺:コロナ禍はまったく想定外の出来事でした。しかし、日本はそもそも地震や台風など災害が多い土地柄です。企業はそれを前提とした労働環境の整備に努める必要があるのではないでしょうか。
2年前、大阪を大きな台風が襲いました。そのときには当社の本社ビルが地震かと思うくらい揺れたり、外では看板が風で飛ばされたりと、とてもではないですが外に出られる状況ではなく、社員は自宅で待機せざるを得ませんでした。しかし、東日本大震災のような未曾有の大災害とは異なり、仕事が全くできないわけではない。こうした場合に備え、テレワークができる環境を整えておくことには、経営面からもメリットがあると思います。
市古:そうした働き方の実現を阻害する要因の1つが「書類とはんこ」ですよね。とりわけ、バックオフィスはこれがあるがために、オフィスに縛られてしまいます。
渡辺:縛られるというのはおっしゃるとおりですね。もちろん、はんこという習慣は、1人の担当者や1つの部署の判断で変えられるほど簡単なものではありません。しかし、今はペーパーワークを見直せるテクノロジーがありますし、企業は業務の進め方を変えるべきというのが、今回のコロナ禍における学びではないかと思います。
問題は、社外と連携している業務です。当社が支援しているバックオフィス業務には、社会保険や労働保険の手続きがあるわけですが、手続きを行うためにはハローワークや年金事務所の窓口に行って書類を提出しなければなりません。いくら社内でテクノロジーを導入し、テレワークで業務が回る環境を構築しても、書類を持って窓口に行くことだけは変えられない。さらに、今回のコロナ禍では窓口が閉まっていて、手続きができないという事態も起こりました。ただ、このケースでも「e-Gov電子申請」を利用している企業は手続きができたわけで、テクノロジーの利用はテレワークを推進する上で重要な要素にもなっていたと思います。
市古:人事の業務についていえば、もう1つ課題に感じるのが業務の量の増加です。その大きな要因は採用の多様化・通年化です。中途採用が一般化したほか、採用広報の実施や、転職エージェント、リファラル、ダイレクトリクルーティングなど複数のルートで自社にマッチした人材を求めるようになった。これを従来のリソースで行おうと思うと、労務管理などの業務をかなり効率化する必要があると思います。
渡辺:そうですね。どこも人が足らない状況ですが、バックオフィスにおいても同様です。加えて、働き方改革を進める担い手でもあり、それだけでもたいへんな業務量になっています。採用においても、簡単に辞めることなく定着してもらうため、入社後には教育と即戦力化をしっかりと行うとともに、働き続けたくなるような良い会社にしていく取り組みを並行して行っていく必要があります。バックオフィスの業務は、おっしゃるように量が増えているのはもちろん、重要度も高まっているといえます。
ただ、営業や製造といった直接部門と比較して、間接部門であるバックオフィスはなかなか投資をしてもらえません。実は当社も以前はそうでした。人事部の一番の若手が入社12年目という時期もありました。それではいけないと、今は毎年若手を入れるようにしましたが、バックオフィス業務の改革を支援する当社ですらそのような状況だったのですから、多くの企業のバックオフィスは投資をしてもらえないのも不思議ではありません。
しかしながら、対応量も重要度も増してきたバックオフィス業務は、継続的に回していかなければなりません。限られた人材でも、業務がきちんと機能する仕組みが必要です。このことについて企業は考えていく必要があると思います。
元は社労士向けに開発されたオフィスステーション
市古:バックオフィスへの投資が渋いという中でも、御社(株式会社エフアンドエム)の「オフィスステーションシリーズ」は、順調にユーザー数を伸ばしているそうですね。
渡辺:現在のアクティブユーザー数は、シリーズ累計8000社を超えました。もともと、私たちは1990年の創業当初からバックオフィス業務に特化したコンサルティングサービスを展開してきました。そのお客様の98%が中小企業です。お客様である中小企業の経営者と話しているとどの会社も本業は強くても、バックオフィスはどこも弱い。裏を返せば、そのサポートで日本経済の発展に貢献できるのではないかという思いから今に至ります。
市古:オフィスステーションシリーズはこれまでの知見を活かし、痒いところに手が届くようなサービスと聞いています。
渡辺:オフィスステーションシリーズを開発したきっかけは、社労士の先生との連携にありました。先生たちにヒアリングをしたとき、労務手続きをサポートするツールに満足いくものがなく、お困りであることが分かったのです。労務手続きをより良くデジタル化することができれば、社労士の先生たちを通して中小企業の支援ができます。意外にもリリースすると、大企業からの問い合わせが多く、ならば規模を問わずに多くの企業のニーズにお応えしたいと考え、2017年に一般企業向けをリリースして現在に至ります。
市古:当初は社労士専用だったということですか。
渡辺:2015年にプロトタイプを開発し、親しくしている社労士の先生たちからの多くのフィードバックを得て、2016年に社労士向けをリリースしました。その後、一般企業の担当者でも使えるものになるよう改修を繰り返し、2017年に一般企業向けをリリースしました。利用者の方からは機能面の使い勝手の良さを評価してもらっています。また、セキュリティについても金融機関同等レベルと評価を受けています。お客様には安心してオフィスステーションシリーズを使ってもらえるはずです。
市古:プロダクトの1つ「オフィスステーション 労務」は対応している帳票数がとても多いのが特長ですよね。社労士の先生たちのフィードバックを受けたからでしょうか。
渡辺:その通りです。社労士の先生たちにとって、顧問先企業で必要な手続きを網羅していなければ仕事になりません。私たちが先生たちにアンケート調査を行ったところ、102帳票が必要と分かりました。一般企業向けシステムについても、この帳票数を絞ることはしていません。デジタル化の価値は、全ての業務を効率化してシンプルにすることにあります。対応できる手続き帳票が少ないと、アナログ業務とデジタル業務の2つの対応が新たに生まれる懸念があり、かえって業務が複雑になってしまうのです。であれば、プロ向けの帳票数をそのまま一般企業向けに提供しようとなり、それが結果として受け入れられました。現在はオフィスステーションシリーズ全体で119帳票に対応しています。
市古:労務手続きでは一般に、従業員に情報を記入した書類を提出してもらうことから始まります。このように情報の発生元が紙の場合、誰かが入力してデータ化しなければなりません。
渡辺:オフィスステーションシリーズでは、情報を発生元からデータ化することも可能です。オフィスステーション 労務には「従業員マイページ」機能があり、社員それぞれに自ら情報を入力してもらうことで、紙を使わずに一定の手続きができるようにしています。紙で提出してもらうと、結局紙が残ってしまいますから、最初にデータ化することが重要です。
また、e-Gov電子申請のAPI対応も実現していて、先ほど述べたようなハローワークや年金事務所の窓口が閉まっている状況においても、社会保険や労働保険の手続きを行うことができます。
ちなみに、今最も問い合わせが多いプロダクトは「オフィスステーション 年末調整」です。年末調整を今年も紙でやるのか。大企業だけでなく中小企業も冬に向けて、今から準備を進めようとする企業が増えていると実感しています。
市古:やはりそれは、コロナ禍の第2波・第3波に対する備えとして?
渡辺:そのようですね。もし、年末調整の書類を提出した人の中に新型コロナウイルス感染者がいると分かったらどうなるか。それが判明した時点で業務停止になるかもしれません。またもし、新型コロナウイルス感染者が提出した紙を、何人もの業務担当者が知らずに触れていたら。そう考えると、従来通り紙のままで行うことはリスクが大きい。また、年末調整に伴う作業は同じことの繰り返しなので、一般社員にとっても人事にとっても効率化すれば、会社としてもっと新しい時間を生み出せるでしょう。
市古:シリーズには「オフィスステーション Web給与明細」もあります。給与明細も紙のところが多いですよね。
渡辺:給与明細は法律で発行を義務付けられていますが、これも年末調整と同じで、紙での支給が難しくなることを背景にWeb給与明細への注目が集まっています。オフィスステーション Web給与明細は、既存の人事給与ソフトウェアをアップグレードするツールという位置づけで開発したもので、各企業が現在ご利用中の給与計算ソフトと連携可能です。
「オフィスステーション 有休管理」でも同じように主な勤怠管理ツールと連携でき、今のシステム環境に手を加えることなく、初期設定だけで使えるようにしています。有休取得義務の法対応ができていない勤怠管理ツールは少なくないのですが、それらに対して法対応の機能を補完します。
なお、オフィスステーションシリーズでは、スマートフォンでもPCでもユーザー(従業員)が使う画面はプロダクト間で共通で、1つのアカウントから労務管理や年末調整の情報入力、給与明細の閲覧、有給休暇の取得申請などを行えるようになっている点も特長の1つです。新しくシリーズのプロダクトを利用開始するときに馴染みやすい設計にしています。
実務に十分な無料版「オフィスステーション 労務ライト」を提供している理由
市古:御社ではこの4月から、「オフィスステーション 労務ライト」という無料で使えるサービスの提供を始めました。有料版とは別にリリースしたその背景について聞かせてください。
渡辺:繰り返しになりますが、デジタル投資ではバックオフィス部門よりも他の部門が優先される傾向があります。加えて、電子申請の義務化などで煩雑な業務がさらに煩雑になっていることも問題です。そのバックオフィス部門をどう支援するかを考えた時、仮に一部の機能だけに制限してもデジタル化の効果を実感してほしい。世の中に貢献したいと考え、オフィスステーション 労務ライトをリリースしました。利用企業数はあっという間に1000社を超えました。
市古:それでかなりの業務が回る場合、無料のまま使う会社も多いのではありませんか。
渡辺:それで良いと思っています。私たちは創業当初から「サービスの水道哲学」を実現したいと考えてきました。松下幸之助氏は、白物家電が高価だった時期から、より安価に製品を世の中に提供することが産業人の務めであると考え、水道哲学を提唱しました。同じように、私たちのサービスを公共財として使えるようにしたい。それが私たちの使命だと考えています。コロナ禍だからこそ、この「サービスの水道哲学」を広く伝えたい。流行に便乗するのではなく、経営哲学に沿った決断をしたつもりです。
市古:価値観の実践で、サービスの無料提供はなかなかできることではありません。
渡辺:119帳票に対応している有料版と違い、労務ライトでは電子申請の義務化対象帳票を含む20帳票に対応しています。無料版をずっと使い続けていただいても構いませんが、もっと効率化したいと考えるお客様には有料版をご案内しています。企業のニーズに合ったより良いサービスを適正な価格で利用してもらう。その推進のために、オフィスステーション 労務ライトは意味があると考えています。
市古:最後に、With/Afterコロナで働き方も変わる中、御社はオフィスステーションのビジネスを今後どのように展開していくのかをお聞かせください。
渡辺:これまでの私たちはマーケットインの発想で、サービス設計から販売までを取り組んできました。現場に足を運んでお客様の環境を確認しながら、お客様と一緒に歩んできた「昭和っぽい」会社です。オフィスステーションシリーズをバラ売りしているのも、お客様にはご自身で好きなものを選んでもらいたいと思うからです。バックオフィス業務の場合、課題を認識していても通常業務を円滑に進めなくてはならないため、複数機能をまとめたパッケージで導入すると消化不良を起こしてしまう可能性があります。ならば少しずつ改善できるほうがよいでしょう。
現場に足を運び続けて、現場の声を形にすること。そして「サービスの水道哲学」。この2点の実現に向けて、今後もたゆまぬ努力を続けていきます。
バックオフィス業務のテレワークをご検討の方はこちらもチェック!
オフィスステーションのWebサイトでは、オフィスステーションシリーズのすべてのプロダクトの詳細をご確認いただくことができます。バックオフィス業務のテレワーク化はもとより、労務手続きや年末調整などの業務を効率化したい方はWebサイトをご確認ください。