エンゲージメントを高めることで本当に業績は向上するのか
企業の人事部門からエンゲージメント向上についてご相談をいただく中で、よく聞く言葉がある。それは「人事部門からこういった課題提起を行うと『エンゲージメントを向上させることで、本当に業績は向上するのか?』という話が必ず出る。まずは当社の経営陣に、エンゲージメントの重要性を理解してもらわなければならない」というものだ。
この「エンゲージメントと業績の関連性」という、永遠のテーマともいえる問いに対しては、さまざまな実証研究がなされてきた。結論からいえば、エンゲージメントと業績向上との関連性を証明する研究はいくつも存在する。本連載の初回でも、“従業員満足度”よりも業績との関連性が高い概念としてエンゲージメントが重視されるようになったことを紹介した。学術的研究のレベルにおいては、エンゲージメント向上と業績向上の関連性は、すでに実証されたものであるといって差し支えないだろう。人事部門の方からは、そのようなデータはありませんか? という質問をよくいただくが、そうした実証結果はいくらでも探し出せる。
しかし、こういった実証がなされてきているからといって、いつどんなときでもエンゲージメント向上が業績を高める要因になる、とは言いきれない。なぜなら、学術的研究とはいつだって“ある時点での任意の結果”を切り取って行われるものだからである。
例えば、こうした研究における“業績向上”の定義には、当該期間の黒字/赤字、利益伸び率●%以上、時価総額の向上……など、さまざまな内容が含まれる。当然ながら、企業経営において、意図的に(大幅な)黒字を目指さない局面(積極的な投資など)は十分にあり得る。最終的な“業績“とは、そのようにさまざまな意図が反映された結果であり、その多寡が単純に好不調を表すものではない点には留意が必要である。
また、こうした研究には、時間軸の限界があることも忘れてはならない。“エクセレント・カンパニー”がその後わずか数年で倒産に陥ったといった逸話もあるように、ある時点で高い業績を上げていた企業が、その後も長く業績を上げ続けられるかというと、その保証はない。VUCAと呼ばれている昨今の市場環境ではなおのこと、長期間勝ち続ける会社であることは難しい。このことは、エンゲージメントの高低とは全く異なる次元の話だが、一方で紛れもない真実といえるだろう。ある時期にエンゲージメントを向上させたことで業績が上向きになったからといって、それがいつまでも続くとは限らないのである。
つまり、「エンゲージメントを高めることで業績は向上するのか?」を実証する研究はいくつもあるが、エンゲージメントさえ高ければ、いつだって高い業績を上げられるというわけではないし、その効力は、何年保つことができるのかも分からないということだ。では、企業がパフォーマンスを高めるために、エンゲージメント向上に取り組むことの意味は一体どのように考えたらよいのだろうか。
エンゲージメント向上施策に疑問を呈する経営陣の真意とは
何だか迷子になってしまいそうな話である。ここで冒頭の話に戻りたい。「エンゲージメントを高めることで、本当に業績は高まるのか?」。“もし本当に“経営陣と人事部門で、このような押し問答が起きているのであれば、そのこと自体が問題なのではないだろうか。
経営者の役割とは、自社が継続的に望ましい成果・業績を上げていくために、ビジネスモデルや戦略を描き直し、自社が勝ち残っていくためのあらゆる道筋を模索し、決断していくことである。従業員のエンゲージメント以前に、自社の利益構造やビジネスモデルの転換、昨今流行のデジタルトランスフォーメーション(DX)を実行しなければ、明日の企業存続すら危ういと考え、自社が勝ち残っていくために今取り組むテーマが「エンゲージメント向上ではない」と言っている経営者に対して、人事部門が「経営陣にエンゲージメントの重要性を理解させなければならない」と思っているのだとすれば、残念ながらピントがずれていると言わざるを得ないかもしれない……。
人事部門は、経営陣の真意を深く理解しなければならない。経営陣はエンゲージメントを軽視しているのではなく、他にも取り組むべきことがあると言っているのではないだろうか。市場の難局に立ち向かう経営者としてそれは当然のことだし、そういった取り組みは経営陣にしかできないことなのであって、むしろ率先してもらわなければ困る。だからといって、彼らがエンゲージメントを蔑ろにしているとは限らない。足元では以前は見られなかった若手社員の離職が増えつつある。現場の戦力が不足・疲弊すればどんなビジネスモデルも戦略も思い通りに進まないわけで、これは明らかな経営リスクである。そういったリスクも含めエンゲージメントの重要性は一定の理解はしているが、それだけで会社の難局を乗り越えられるわけではない。経営陣は、人事部門にそのことを投げかけているのではないか。その背景や優先順位を含めた真意を理解しない限り、議論はいつまでも平行線をたどりかねないのである。