「深化」と「探索」の両立のカギとは
前回は両利きの経営が必要とされる背景と、「深化」と「探索」の両立の難しさを見てきました。
両立の鍵となる“対話”には心理的安全性が不可欠ですが、それだけで十分といえるほど対立の回避は容易ではありません[1]。その理由は、互いのチームの行動様式(エートス)の違いが根本にあり、極度に差し迫った状況においては冷静な合理性を上回る“生存本能”の発動により異質な相手を打ち負かしてしまおうとする、そのような防御反応が起きてしまいやすいことが挙げられます[2]。
そこで重要になってくるのが、企業における組織制度設計です。それぞれ異なる「深化」チームと「探索」チームをまとめ上げ、競争力の高い企業として存続していく、その現代の難問をどう解決していけばよいのか。マクロとミクロの観点からそれぞれ見ていきましょう。
注
[1]: 両立の困難さに関してはクレイトン・クリステンセン著『イノベーションのジレンマ』(1997年)、チャールズ・オライリー、マイケル・タッシュマン著『両利きの経営』(2016年)などを参照のこと。
[2]: ロバート・キーガン、リサ・レイヒー著『なぜ人と組織は変われないのか――ハーバード流 自己変革の理論と実践』(2009年)が参考になる。なお、これはゲーム理論においては囚人のジレンマ的な状況として説明される。
マクロレベルでは“パーパス”を設定し理解する
まずはマクロレベルの方策として、「私たち」としての拠り所となれる“パーパス”を定め、これを理解することが挙げられます。パーパスの定義はいろいろありますが、大づかみにいえば「社会的な役割と私たちの哲学を結び付けたもの」という理解でよいと思います[3]。
パーパスは経営者が決めてもよいですが、委員会組織を経営者がつくって社内合意を経て制定する場合もあります。
注
[3]: パーパスに近い概念に経営理念やミッション、ビジョンなどがありますが、パーパスは「社会的な目的を自らが自分たちらしく果たす」という要素が強く打ち出されたものとして本論では扱います。
社会に要請された役割を私たちが自分たちらしく実行していく。逆にいえば、それをするのがこの会社の社員である私たちなのだ、という意識を社員全員が拠り所とすることができれば、異なる行動様式を持つ者同士であっても、多少の紆余曲折はあったとしても最終的な合意は得やすくなるでしょう。経営理念だけの場合と比べて良い点は、社会的な要請に応えることが上位にあることです。それにより、「相手チームは私たちの理念とは合わない」と感じられたとしても、外側にある大きな課題に対して同じ方向を向いて合意を目指しやすくなります。
とはいえ、上記のように書くのは簡単ですが、実際はそれほどすんなりとはいかないのが常ですので(私もその難しさを実際に見てきました)、最終的には経営者のリーダーシップの見せ所となります。正論を唱えるチーム同士を整合・統合する仕事は、究極的には経営者にしかできないことだと心得る必要があります。
マクロレベルにおいては、パーパスの制定と経営者のリーダーシップが両利きの組織の実現の鍵となります。