個人を尊重し「あなたは代えがたい存在」と伝えよう
——オクリレーション・レポートでは、企業と従業員の間のオクリレーションにも着目されています。「ES(従業員満足度)の向上」と「企業の実施度合い」を4象限で分類されていますが、ここから見えてきたことを教えてください。
山下 調査から見えてきたのは、従業員が求めるものと企業が力を入れているものとにはギャップが存在する、ということです。
次に示す図の、特に左上の「求められているが、足りていない」ところにご注目ください。ここで挙がっているものが、従業員が求めているものの、企業が提供できていない要素群です。具体的には、「相談を持ち掛けやすい人間関係」「ストレスやメンタルヘルスのケア」「個人の意見に耳を傾ける制度」「ライフステージごとの支援」「成果に応じたボーナス」「居心地の良いオフィス環境」でした。
山下 そして、これらの項目に共通しているのは“個人”を尊重する視点だと思います。いうなれば「あなたがどれだけ代わりのきかない存在か」という会社からのメッセージですね。つまり、各人に合わせた個別のニーズに応え、メッセージを届けることでESは向上する可能性がある、というのが結果として見えてきています。
——逆に、右上の「求められており、注力もされている」ところに挙がっているのは「適切な給与」「有給休暇」「仕事への適切な評価」「健康診断・予防接種」「通勤交通費の支給」といった、全従業員に等しく提供されている施策ばかりですね。
松谷 そうです。インフラを整えることも当たり前に必要なこととして大切ですが、従業員が「足りていない」と感じる部分を満たすのは、ES向上のうえで重要です。実際、別の調査結果(サンプル数900)では、「よりよく働ける環境」と「個人の尊重」のいずれかがあると回答した人のほうが、勤務先への満足度も継続的な勤続意向も明らかに高い結果が出ていますので、見過ごせない観点だと思います。
山下 これをハーズバーグの二要因理論[1]に当てはめると、右上は衛生要因、左上は動機付け要因であるといえます。つまり、ESを上げるには、衛生要因だけでなく動機付け要因にも気を配ることが大切だということです。
注
[1]: 米国の臨床心理学者フレデリック・ハーズバーグが提唱した理論。仕事における満足・不満足の要因は、満足度を高める「動機付け要因」と、不満足を防ぐ「衛生要因」という異なる2つの要因から成ると指摘している。
——オクリレーション・レポートでは、企業と従業員の「オクリレーション・デザイン」、つまりあるべき関係性のポイントとして、4つの項目が挙げられていました。それぞれについて詳しく教えてください。
①「仕事に人をつける」だけでなく「人に仕事をつける」
松谷 僕らには、「業務付与も企業から従業員への贈与に当たるのではないか」という考えがあります。誰でもいいから渡すのではなく、「あなたに託したい」という想いとともに渡す。あるいは、本人の趣味・嗜好や強みを考慮して、適切な業務を渡す。これが「あなたのことをちゃんと見ている」というメッセージにもなり、働きがいと企業成長を両立させることにつながります。
②挑戦を「許可する」だけでなく「評価する」環境づくりを
山下 企業は従業員に対して、挑戦の機会と時間を贈与することが大切だと思います。挑戦することを許可するのではなく、挑戦する姿勢そのものを肯定して評価する。これは企業から従業員に対して“信頼”という想いを込めた贈与であると捉えられます。短期的な貢献量を評価するだけではなく、挑戦指標を人事評価へ組み込むのも一手ではないでしょうか。
③チームビルディングは「PUSH型」から「PULL型」へ
山下 リモートワークの浸透によりチームビルディングが難しくなっているとはいえ、かつてのような社内交流イベントや飲み会を実施するPUSH型の施策は、若い世代を中心に忌避される可能性があります。そこで、まずは見返りを期待せずに、たとえば飲み物を無料で飲める休憩所など、チームメンバーが能動的に集まりたくなるような場を提供するとよいのではないか、と考えました。
④部下との対話には「ホウレンソウ(報告・連絡・相談)」だけでなく「ザッソウ(雑談・挿話)」を
松谷 業務に関するホウレンソウだけでは、チームメンバーの“人となり”を理解できないと思います。たとえば、上司から雑談や挿話を持ちかけることで、忙しい中でも自分のために時間を割いてくれていることが伝わり、信頼関係が築かれていく。これがチームメンバーの働きがいをつくり、指示や管理を超えた能動的な働きにつながっていくと考えています。