かけた時間の分だけつながりが強くなる
——まずはHAKUHODO HUMANOMICS STUDIOで提唱された「オクリレーション」とは何か、「贈与」に着目された背景を教えていただけますか。
松谷拓哉氏(以下、松谷) オクリレーションとは、贈与がつくる贈り手と受け手の関係性におけるポジティブな変化を意味しています。数年前から“資本主義の限界”が叫ばれるようになっていますよね。それがなぜかと考えると、資本主義では効率的に価値を交換するために貨幣が使われてきましたが、効率ばかりを追求しすぎたために、人と人とのつながりが失われてしまったからではないかと。そこで「本当に豊かな経済って、何だろう?」という問いを立て、「贈るという行為が本当の豊かさを実現する一助になるのではないか」という仮説の下、贈与にまつわる「オクリレーション・レポート」を作成しました。
——そもそも贈与とは何なのでしょうか。
山下梓氏(以下、山下) 贈与というと「贈与税」や「高価な贈り物」といった法律や金銭が絡むような堅苦しいものを想起しがちだと思います。しかし、私たちが捉えている贈与はもっと幅広く、“相手のことを想って贈り物をすること”だと考えているんですね。
今回、オクリレーション・レポートを書くにあたり、私たちはフランスの文化人類学者マルセル・モースの『贈与論』をはじめとする贈与に関する書籍を読み、有識者へのインタビューも行いました。そこで語られていたのは、「贈与とは、単なるモノの交換ではなく、社会的な意味を持つ行為であり、贈り手と受け手の間に関係性を形成して、コミュニティ内のつながりを強化するものである」ということです。つまり、「関係性の形成」「コミュニティのつながり強化」が贈与の本来の目的であるため、贈与には必ずしもお金やモノが伴う必要はなく、むしろ贈与の裏にある“想い”にこそ価値があるのだと発見しました。
また、同レポート作成にあたってはリサーチを行ったのですが(サンプル数900)、人は相手を喜ばせたい気持ちが大きくなると、時間よりもお金を使いがちである一方、実際に人間関係に影響しているのはお金よりも時間だという意外な調査結果も得られました。
——なるほど。贈与のポイントは、想いを実現するために費やす時間にあるということですね。
山下 そうです。「あなたが贈って/もらってうれしかった『贈り物』は?」と聞いて挙がってきたのは、“手料理を振る舞ったこと”、“子どもが頭を撫でてくれたこと”、“手紙をもらったこと”といったものでした。相手を想う気持ちが“誰かのために”時間や労力をかけることに変わり、贈り物をもらった相手のうれしさにつながっていくのだと思います。
個人を尊重し「あなたは代えがたい存在」と伝えよう
——オクリレーション・レポートでは、企業と従業員の間のオクリレーションにも着目されています。「ES(従業員満足度)の向上」と「企業の実施度合い」を4象限で分類されていますが、ここから見えてきたことを教えてください。
山下 調査から見えてきたのは、従業員が求めるものと企業が力を入れているものとにはギャップが存在する、ということです。
次に示す図の、特に左上の「求められているが、足りていない」ところにご注目ください。ここで挙がっているものが、従業員が求めているものの、企業が提供できていない要素群です。具体的には、「相談を持ち掛けやすい人間関係」「ストレスやメンタルヘルスのケア」「個人の意見に耳を傾ける制度」「ライフステージごとの支援」「成果に応じたボーナス」「居心地の良いオフィス環境」でした。
山下 そして、これらの項目に共通しているのは“個人”を尊重する視点だと思います。いうなれば「あなたがどれだけ代わりのきかない存在か」という会社からのメッセージですね。つまり、各人に合わせた個別のニーズに応え、メッセージを届けることでESは向上する可能性がある、というのが結果として見えてきています。
——逆に、右上の「求められており、注力もされている」ところに挙がっているのは「適切な給与」「有給休暇」「仕事への適切な評価」「健康診断・予防接種」「通勤交通費の支給」といった、全従業員に等しく提供されている施策ばかりですね。
松谷 そうです。インフラを整えることも当たり前に必要なこととして大切ですが、従業員が「足りていない」と感じる部分を満たすのは、ES向上のうえで重要です。実際、別の調査結果(サンプル数900)では、「よりよく働ける環境」と「個人の尊重」のいずれかがあると回答した人のほうが、勤務先への満足度も継続的な勤続意向も明らかに高い結果が出ていますので、見過ごせない観点だと思います。
山下 これをハーズバーグの二要因理論[1]に当てはめると、右上は衛生要因、左上は動機付け要因であるといえます。つまり、ESを上げるには、衛生要因だけでなく動機付け要因にも気を配ることが大切だということです。
注
[1]: 米国の臨床心理学者フレデリック・ハーズバーグが提唱した理論。仕事における満足・不満足の要因は、満足度を高める「動機付け要因」と、不満足を防ぐ「衛生要因」という異なる2つの要因から成ると指摘している。
——オクリレーション・レポートでは、企業と従業員の「オクリレーション・デザイン」、つまりあるべき関係性のポイントとして、4つの項目が挙げられていました。それぞれについて詳しく教えてください。
①「仕事に人をつける」だけでなく「人に仕事をつける」
松谷 僕らには、「業務付与も企業から従業員への贈与に当たるのではないか」という考えがあります。誰でもいいから渡すのではなく、「あなたに託したい」という想いとともに渡す。あるいは、本人の趣味・嗜好や強みを考慮して、適切な業務を渡す。これが「あなたのことをちゃんと見ている」というメッセージにもなり、働きがいと企業成長を両立させることにつながります。
②挑戦を「許可する」だけでなく「評価する」環境づくりを
山下 企業は従業員に対して、挑戦の機会と時間を贈与することが大切だと思います。挑戦することを許可するのではなく、挑戦する姿勢そのものを肯定して評価する。これは企業から従業員に対して“信頼”という想いを込めた贈与であると捉えられます。短期的な貢献量を評価するだけではなく、挑戦指標を人事評価へ組み込むのも一手ではないでしょうか。
③チームビルディングは「PUSH型」から「PULL型」へ
山下 リモートワークの浸透によりチームビルディングが難しくなっているとはいえ、かつてのような社内交流イベントや飲み会を実施するPUSH型の施策は、若い世代を中心に忌避される可能性があります。そこで、まずは見返りを期待せずに、たとえば飲み物を無料で飲める休憩所など、チームメンバーが能動的に集まりたくなるような場を提供するとよいのではないか、と考えました。
④部下との対話には「ホウレンソウ(報告・連絡・相談)」だけでなく「ザッソウ(雑談・挿話)」を
松谷 業務に関するホウレンソウだけでは、チームメンバーの“人となり”を理解できないと思います。たとえば、上司から雑談や挿話を持ちかけることで、忙しい中でも自分のために時間を割いてくれていることが伝わり、信頼関係が築かれていく。これがチームメンバーの働きがいをつくり、指示や管理を超えた能動的な働きにつながっていくと考えています。
従業員への想いを形にできるギフティ
——ギフティさんでは、福利厚生の文脈で企業から従業員へのギフト活用を提案されています[2]。HAKUHODO HUMANOMICS STUDIOのお二人のお話を受けて、贈与と福利厚生の関係をどのように捉えていますか。
注
[2]: ギフティが提供するサービスについては、記事「ギフトでエンゲージメントを向上! 福利厚生にも対応したギフティの従業員向けソリューションとは」をご覧ください。
熊谷優作氏(以下、熊谷) 一般的に、従来の福利厚生の概念は、ハーズバーグの二要因理論でいうところの衛生要因にカテゴライズされていたかと思います。しかし、そこにギフトという“1for1”の要素を付加することで、動機付け要因にも寄与できる余地があるのではないか、と考えています。
福利厚生の歴史を振り返ると、もともとは明治時代に最低限の労働環境を整えるところから始まったといわれています。そして昭和になって、企業は保養所のような、いわゆるハコモノに投資をするようになりました。しかし、バブルが崩壊。各社で福利厚生を提供するのが困難となり、外部にアウトソーシングするようになったのが約30年前のことです。そこから時を経て、最近では人的資本経営の流れを受け、企業の投資対象はハコモノから従業員個人へと変化してきています。
この変化とともに、「とりあえず用意しておけば不満足にはならないだろう」という衛生要因に属するものだったところから、より従業員の働きがいに寄与するような動機づけ要因に属するものへと、福利厚生の意味合いも変化していると捉えています。
——なるほど。画一的な福利厚生を用意しておくだけでは不十分になってきたということですね。
熊谷 そうです。ギフトにしても、勤続○年という単発のものだけではなく、日々の従業員体験に織り込んでいく視点を持つことが大切だと考えています。
——オクリレーション・レポートの中でも、一般的な「交換・売買」は即時的・その場限りのやり取りであるのに対し、「贈与」は継続的でタイムラグのあるやり取りであるという指摘がありました。企業が従業員1人ひとりを大切にしているという想いを、ギフトで継続的に形にし続けていくことが重要なんですね。
熊谷 そうですね。とはいえ想いを込めて、1for1で企業から従業員1人ひとりにギフトを渡すのは、手間やコストが大きくかかってしまいます。
その手間やコストとは、単なる在庫管理や発送作業だけではありません。ギフトは、オケージョンや関係性、伝えたいメッセージによって選択肢がさまざまであり、デジタルギフトだけでは十分でない場合もあります。たとえば、入社記念や表彰の場合には、その方へ向けた特別感のあるもの(メッセージ付きのカードやオリジナルギフト)のほうが記憶に残り喜ばれるでしょう。
我々としては、在庫管理や発送の手間に時間をかけるのではなく、「何を贈ったら喜んでもらえるだろうか」と思いを馳せるところに時間をかけていただきたい。そこで、従業員体験として記憶に残るよう企業の想いを伝えながらも、できるだけ不要な手間を削減できることを目指して「Corporate Gift(コーポレートギフト)」を提供しています。
——Corporate Giftとはどういうものでしょうか。詳しく教えてください。
熊谷 Corporate Giftとは、企業が取引先や顧客、従業員に対して関係性構築・関係性強化を目的として感謝の気持ちを表すために贈るギフトのことです。そして、当社におけるCorporate Giftには、次の3つの特徴があります。
- 幅広いギフトラインナップ
- 豊富な配布ソリューション
- 企画支援を通じた手間の軽減と記憶に残る体験の実現
1つ目の「幅広いギフトラインナップ」では、コンビニや有名ブランドの商品をURL化した「デジタルギフト」をはじめ、体験施設の利用チケット、オリジナルのギフトカードやグッズなど、多彩なメニューを取りそろえています。
2つ目の「豊富な配布ソリューション」では、当社が蓄積したノウハウを活用し、効率的な配布オペレーションを提供。適切なタイミングでの配布や、物理的なギフトの配送管理など、手間のかかる作業を極力自動化しています。
3つ目の「企画支援」では、顧客の課題をヒアリングし、受け取り手との関係性や利用シーンに合わせて、最適なギフト内容や渡すタイミング・方法を提案しています。
これら3つの特徴を押さえながら、我々は日々より良い従業員体験の設計支援に努めています。
——なるほど。そしてこのほど、企業が付与したポイントに応じて従業員が好きなデジタルギフトに交換できる「giftee Benefit」も提供されたわけですね。同サービスの概要と狙いを教えてください。
熊谷 giftee Benefitは、従業員ごとのマイページを手軽に作成でき、従業員の方々はそこで付与されたポイントの分だけ自由にさまざまなデジタルギフト[3]と交換できる福利厚生・制度運用サービスです。
注
[3]: 約170ブランド・1000種類以上のデジタルギフトの中から、企業ごとにギフトのカスタマイズも可能。
熊谷 企業によってギフトを提供したいシーンやタイミングはさまざま。その点、giftee Benefitであれば、カスタマイズ性が高い一方、管理工数も少なく済み、贈りやすいのが特徴です。
また、企業から従業員へメッセージを付与する機能も用意しています。さらに、従業員同士や上司から部下へリワードを贈る機能の追加も検討中です。つまり、ハーズバーグの二要因理論でいうところの「動機付け要因」につながるような、カスタマイズされた福利厚生制度を実現するためにつくったのがこのgiftee Benefitというわけです。
——では最後に、ギフティさんの展望をお聞かせください。
熊谷 我々のミッションは「キモチの循環を促進することで、よりよい関係でつながった社会をつくる」です。「おめでとう」や「ありがとう」といった想いを“純度100%”で伝えるために、何かを贈りたいと思ったときに、ギフティを使えば何でも贈れる世界をつくっていけたらと考えています。また、贈り手・受け取り手の関係性やオケージョンによって何がギフトになるかは千差万別なので、「Giftify Everything」を目指しています。