日本でも広がるHRテクノロジー
岩本氏がHRテクノロジーの研究を始めたのは、2013年6月のことだった。
岩本氏「一般的には、あまり知られていませんが、経営学の論文の大半は統計分析が用いられています。私は前職のドリームインキュベーターでベンチャーの経営支援を行っていたこともあり、ベンチャーで人材マネジメントが上手くいかず、企業の成長が止まってしまう様を数多く見ていました。そんなとき、たまたま研究スポンサーの会社から従業員満足度調査の分析をしてほしいと言われていたこともあり、修士論文のテーマとしてやってもらったのが、きっかけでした」
当時は「HRテクノロジー」という名称は使っておらず、人事ビッグデータ分析と呼んでいたのだという。この研究が非常に高評価を受けた。それまで従業員満足度調査を行っても、平均点を出すくらいの集計レベルに止まっていたところから、統計分析を行うことにより、企業の各部門における経営課題を定量的に導き出せるようになったのだ。「具体的な指示が出せるようになった」と、企業の担当者は喜んだ。
反響を受け、「人事ビッグデータ分析を経営にどう活かすか」をテーマにした講演に呼ばれるようになり、引き合いも多くなる一方だった。翌年も同様の分析を統計学研究室の5人のメンバーで行ったところ、メンバーの1人がデータ分析を活用したコンサルティング業務を行うスターツリー株式会社を創業するなど、さらに広がりを見せていった。
岩本氏「当初、慶應義塾大学の研究会として人事ビッグデータ分析研究会を立ち上げていたのですが、あまりにも引き合いが多く、海外でHRテクノロジーが大変な盛り上がりを見せているという話を耳にしていたこともあり、もっと企業でできる人を集めて、どんどん活用できるようになってもらいたいという思いから、2015年にHR テクノロジーコンソーシアム(LeBAC)を立ち上げました」
追い風となったのは、政府による「働き方改革」や「人生100年時代構想」だ。どちらにしても国民全体で変革しなければならない中、テクノロジーを活用しないという選択肢はない。2017年2月に開かれた経済産業省の新産業構造部会でも議題として挙げられており、経済産業大臣の世耕 弘成氏が講演の度にHRテクノロジーについて発するようになったこともあり、LeBACには現在100社以上の企業が参加するほど熱い領域となっているのだという。
岩本氏「現在、HRテクノロジーサービスの市場は欧米で1兆数千億円規模になっている。日本でも対前年比60%という急成長を遂げていて、AtraeやWantedlyといったダイレクトリクルーティングのスタートアップが上場するなど、株式市場でもHRテクノロジー銘柄は非常に注目度が高くなっています」
これまで日本では年功序列という強固なシステムが働いていた分、まっさらな市場が広がっていることの表れだろう。
岩本氏「Fintechを皮切りに、様々なXtechが生まれています。HRテクノロジーのテクノロジーだけがすごいわけではありません。事実、他のXtechで開発されたテクノロジーがHRテクノロジーに持ち込まれていますし、HRテクノロジーベンダーも他の業界からの参入組がほとんどです。先行業界で開発された、枯れた技術を安く活用できるというのは、ありがたいことですね」