※前編「人的資本経営の『分かりにくさ』の原因とは?日本企業が陥る誤解と、海外の開示から紐解く課題ギャップ」と、後編「なぜ経営戦略と人材戦略の食い違いが起こるのか──新たに確立すべき『日本式』の人的資本経営とは?」が公開中。
人的資本がいまだに分かりにくい真因:3つの視点がばらばらに存在するため
2023年の3月末決算から、上場企業は有価証券報告書で人的資本の情報開示を求められることになりました。これは企業の人的資本の評価とその透明性を高め、ステークホルダーが企業の経営状況や将来性を理解するのを助ける制度です。
しかし、2023年の6月末の現時点において、最初の決算日は過ぎ開示一歩手前になっても、人的資本経営に対する理解や対応は必ずしも進んでいないと感じます。多くの企業が、開示する対象である「人的資本経営」や組織体制の整備や目指すものが分からない・見えないという課題を抱えているようです。どのような情報をどのように開示すべきか、ということに対してもさまざまな意見がある現在の状況を見て、「とりあえず最低限のことを行ってやり過ごそう」という判断になってしまっている企業も散見されます。
このような不明確な状況・分かりにくさの背景には明確な理由があると、筆者は考えています。それは端的にいえば、人的資本経営に関し、現在の国内には大きく分けて「3つの異なる視点」が存在するからです。
そして、3つの異なる視点は絡み合っているうえ、それぞれを主唱する専門家のバックグラウンドが違っており、議論の機会もあまりありません。さらに、行政の管轄も分かれており、かつそれは大企業では部署の違いと直結する状況になっています。
3つの視点とは、具体的には次のとおりです。
- ①企業の価値評価とESGを重視する視点
- ②タレントマネジメントや海外流の人事制度を重視する視点
- ③国内の人事労務課題や制度構築・改善を重視する視点
各視点をこれまでの流れを含めて表すと、次図のようになります。
これらの視点はそれぞれ重要な要素を持ちつつも、人的資本経営を異なる点で捉えているため、全体像をつかむのを難しくしています。これが、人的資本経営がいまだに「分かりにくい」と感じられる根本的な理由となっていると常々感じています。
また、①~③の視点は、大企業では順にIR・ESG部門、人事企画部門、人事管理・労務部門の視点に相当し、それぞれがばらばらに人的資本経営をイメージしている状況を、筆者は何度も見ました。そのまま視点の違いが解消されない状況も数多くあるように思います。
今後は、これらの視点を俯瞰・統合し、1つのフレームワークの中で理解することが必要です[1]。そのためには、これら3つの視点を個別に理解し、それぞれの長所と課題を把握したうえで全体像を描くことが欠かせません。この作業こそが、企業が人的資本経営を適切に理解し、その実行に効果的に取り組むための第一歩となるでしょう。
注
[1]: 拙著『人的資本経営検定と開示実務の教科書1』『同2』や、筆者が監修している公的な検定試験(人的資本経営検定)は、これらの3つの視点をそれぞれ解説し、統合しています。