日本企業の報酬制度「Pay for Living(生活保障のための報酬)」
まず、日本企業の報酬制度の成り立ちから考えたいと思います。歴史の勉強ではないのでざっくり説明すると、明治時代くらいから「月給+賞与」の形が出来上がっており、働いてくれたことに対する生活の保障とねぎらいの意味があったようです。戦後復興・高度経済成長期には、日本的経営の三種の神器「終身雇用」「年功序列」「企業別労働組合」と合わせて、年功序列要素の強い報酬制度(年齢給や退職金)が定着していきました。その後、さまざまな手当を考え、成果報酬の要素を加えるなど、さまざまな発展を遂げてきたようです。日本的な報酬制度の特徴を簡単にまとめると次のようになります。
- 終身雇用・年功序列を前提とした“亀歩”昇給
- 同一会社で40年近く働き続ける終身雇用かつ、毎年上がり続ける(または下がらない)報酬が前提なので、低い報酬から始まり、(亀の歩みのように)少しずつしか昇給しない。
- 従業員の生活環境に配慮した豊富な手当
- 家族や勤務地の状況などの生活環境を配慮した手当群。制度設計時の人生設計モデルが時代に合わなくなっているが、やめられずに手当だらけ。
- 感謝のボーナス
- 会社から従業員への感謝の気持ちの一時金。会社の業績ともある程度連動しており、過去傾向からおおよその予測はできるものの、自身・自組織・会社全体の業績によってどのくらいもらえるという事前の約束は曖昧。過去がんばってくれたことに対するねぎらいだから。
これらの報酬制度に対して、人材獲得や従業員リテンションの点からさまざまな制度改定が行われてきました。いくつかの例を紹介します。
報酬水準の引き上げ
「新卒初任給を引き上げる」「報酬テーブルを引き上げる」「高い報酬レンジを設定する」といった施策です。人材獲得市場での競争力を高めるために行われます。ニュースに出ると「あの会社はこんなにもらえるのか」という反響がありますが、制度刷新会社の当事者である従業員は冷めた目で見ていることがあります。報酬制度上、従業員に高い報酬を払うことができるようになるものの、現在の従業員の報酬を引き上げるわけではないからです。
「がんばれば将来これだけもらえる可能性があるんだ!」と従業員のモチベーションを高めたい目的があるようですが、実際に高額レンジに入ってくる人は外部から来たプロ人材ばかりという例が少なくありません。「外から高額な人材を採用したいために制度をつくったのか。プロパー人材は上位役職には昇格できないのか」と社内でうわさされてしまうこともあります。
また、報酬水準が引き上げられても亀歩昇給は変わらず、かえってモチベーションを下げてしまう可能性があります。「毎年最高評価を取り続けるより、一度辞めて数年後に戻ってきたほうがたくさんもらえるよね」という会話が聞こえてくる場合は要注意です。
賞与の給与化
給与・賞与の支給バランスを見直し、賞与の支給相当額を基本給月額に振り分ける施策です。所得税、社会保険料、時間外手当などの増減への影響は多少ありますが、おおよその年収は変わりません。金額が未確定な感謝の気持ちのボーナスより、固定給として毎月上乗せしてもらえるほうが生活設計しやすいということで、「ねぎらい」から「生活の保障」への配分移行と解釈できます。
日本型Pay for Performance
成果給の要素を強めるために、人事評価結果と連動させて昇給差をつけようとする施策です。一般従業員(非管理職)と管理職で特徴が異なります。
一般従業員向けでは、最高評価と最低評価で大きな差がつきづらいという特徴があります。一般従業員は労働組合の組合員であることが多いので、大きな報酬変動は組合として許容しがたいということのようです。良い評価を積み上げていけば差がついていきますし、昇格にもつながりますが、長期視点が必要ということで、今までの制度との違いがよく分からないということにもなりがちです。
一方、管理職向けではPay for Performance要素が強めに働きがちです。毎年の成果・評価によってベース部分の昇給もあるし、降給もあるというものです。Pay for Performance要素が強いといわれる外資系企業でもベース部分の降給はあまり行わないので、なかなか尖った制度です。
日本企業では、職能資格、役割等級、職務等級などの等級制度の種類に限らず、等級の役割や責任をしっかり定義しても、実態は年功序列要素が強い等級格付けが行われがちです。そのため、成果有無により昇降給のメリハリをつけることで、優秀な人材とそうではない人材を分けていきたいということのようです。
また、月給や賞与などの報酬の構成要素と成果の関係が明確でないことも、ベースの上げ下げにつながっているようです。単年の成果が影響しやすい年次評価と昇降給の連動性が強いと短期成果志向に走ってしまわないか心配ですが、そもそもダイナミックな運用ができていない、という課題のほうが多いようです。