今の世代が「働くことの最後の世代」になるのかもしれない
熊谷 AIによって客観性や効率性が担保されていく中で、逆に「人間にしか生み出せない価値」が相対的に上がっていく側面もあるのではないかと考えています。今後、人間が向き合うべき価値とは何になっていくとお考えでしょうか。
橘 時間軸にもよりますが、「人間が価値を生み出さなければならない」という価値観そのものが、産業革命以降に生まれたものだと思っています。それ以前の人間は、農作業をして、祭りを開き、日々会話をして過ごしており、いわゆる資本主義的な「価値」は生み出していませんでした。
今後、AIが富を生産するようになれば状況は変わります。現在でも、石油が富をもたらし、教育や医療が無償で提供されている国がありますよね。そうした国の人々は、あくせく働かずに芸術やコミュニケーション、祭りを楽しんでいます。AIが石油のように富を生み出す社会になれば、人間はそうした「価値にとらわれない人生」を楽しむようになるのではないでしょうか。

熊谷 昔の村社会のような、本質的な関係性や人間の幸せに戻っていくということですね。ただ、そこに至るまでには時間がかかりそうです。
橘 はい、その価値観の変容には2世代ほどかかると思います。今の世代が、ある意味で「働くことの最後の世代」になるのかもしれません。ビジネスの現場でいえば、合理的な処理や判断はAIが行うようになるため、逆に「会食で契約を獲得してくる」ような、人間同士の関係性や非合理的な部分が価値を持ち始めます。昭和の時代には、発注の半分がそうした関係性で動いていましたが、再び非合理の価値が上がっていくということです。

熊谷 ある意味で、人間らしい非効率な部分が求められるのですね。
橘 そうです。昭和の一時期には、体格の良さや声の大きさがリーダーシップにおいて重視されていました。今でも先進国の一部では、体を鍛えているかといった観点もリーダーの資質として大きな意味を持ちます。AIが普及すればするほど、「人間らしさとは何か」という原点に立ち返り、そうした身体性や人間的なエネルギーの価値が高まっていくのは当然の流れだと思います。

