2026年5月26日~27日にポルトガル・ポルトで開催された「HR World Summit 2026」。私が参加し、そこで得た学びを5回に渡りお届けしています。第1回の記事では、AI時代の企業の競争力を最後に分けるのは、テクノロジーそのものではなく、人の感情や意志を組織の力に変える「Humanity(人間らしさ)」だと述べました。では、そのHumanityをどのようにして経営インフラとして反映するのか。第2回の今回は、その起点となる“人事戦略”をひも解きます。AI時代に求められる人事戦略とは、制度を整えるだけではありません。経営の意図を人と組織の言葉に翻訳し、変化を妨げる前提を外しながら、組織が前に進むための道をつくる営みでもあるのです。
戦略人事には、“分かる”と“できる”に谷がある
「戦略人事」の必要性は以前から語られてきました。実際、『日本の人事部 人事白書2026』では、「経営戦略と人事戦略を連動させる」ことを重視している企業は約8割にのぼります。一方で、その役割で成果を上げていると答えた企業は4割未満にとどまりました。必要性は分かっている。しかし、実装はできていない。このギャップこそが、今の現実です。
この悩みは日本特有のものではありませんでした。欧州のHRリーダーたちもまた、経営や事業に連動しなければいけないと分かっていながら、その役割を十分に果たし切れていない難しさを率直に語っていました。カンファレンスにおける人事戦略の論点は「必要かどうか」ではなく、「どう実装するか」ということでした。
では、AI時代ならではの人事戦略の要諦はどこにあるのか。1つは事業戦略と人事戦略をつなぐという「翻訳」する力。もう1つは、過去の成功体験に囚われ、変化に対して抗う組織文化を、未来へ進むための推進力へ変えるという「錨(いかり)を上げる」力です。Humanityを経営インフラに変えていくとは、この2つの力をHRリーダーが身に付け、そして実践していくことなのです。
人事戦略の「翻訳」を、AIは劇的に後押しする
事業戦略と人事戦略をつなぐ。戦略人事が意味するところは言うは易しですが、するは難しという現実があります。私はその理由の1つが、経営から人事に求められる「蓋然性」にあると見ています。
人と組織を扱うテーマは、曖昧で、複雑で、数値化しきれない要素がたくさんあります。しかし、経営側はそこに対して定量的に、データで示してほしいと求める。これは当然ですし、必要な要求でもあります。
その結果、人事はこれまでも、従業員満足度、モチベーション、エンゲージメントといった概念を磨き上げてきました。これらは学術的にも証明された意味のある指標です。しかし、これらを提示されることが、経営者の腹落ち感にキレイにつながるわけではありません。
「従業員満足度は高いが、離職が増えている」「エンゲージメントは高いのに、業績は伸びていない」経営者は、ビジネスにおけるKGIやKPI、顧客や市場の変化、投資対効果などを見ています。人事言語が、その世界に直感的につながるとは限らない。これが戦略人事を実践するうえでの難しさの1つであることは、欧州のHRリーダーたちも頭を悩ませてきたわけです。
より具体的には、ここには2つの壁が存在します。
1つ目の壁は、HRデータがさまざまなシステムに分散していることです。採用、配置、評価、離職、学習、マネジメント。機能分化された組織構成に加え、データを管理するシステムが点在している限り、人と組織の全体像が見えにくいのです。
2つ目の壁は、それらを統合できたとしても、人事言語を経営が腹落ちする言葉に変換する必要があることです。この2つの壁を越えなければ、戦略人事は前に進みません。
ここで、AI時代の到来は1つ目の壁を壊す最高の機会をもたらします。ガーナなどのサブサハラアフリカの小規模農家を対象に、テクノロジーを活用した農業支援と金融サービスを提供するスタートアップ企業DEGASのCHRO エドソン・バレト氏は、AIを、人・組織に関する定量・定性の情報を統合し、ファクトや示唆を自律的に出力してくれる存在として位置付けていました。言い換えれば、AI時代において人事リーダーが本当に注力すべきは2つ目の壁であり、翻訳する力を磨くことなのです。
人事言語を、経営が分かる言葉へ変える。これはCHROだけの仕事ではありません。HRBPが事業長に、採用リーダーが現場マネージャーへと、あらゆるレイヤーで、人事は事業戦略の翻訳者であることを求められます。
同氏は、適切に翻訳を進めるためのフレームワークとして「The Ocean Method」を紹介しました。
これは、相手に応じて見せるデータの深さを変える考え方です。経営者には、戦略が前に進んでいるかどうかが分かる指標を示す。シニアマネージャーには、何が起きていて、どこに手を打つべきかが見える指標を示す。HRチームには、詳細なダッシュボードを持たせる。
重要なのは、データをたくさん見せることではありません。相手に応じた適切なスコープで焦点を合わせ、事業と人事の間に橋をかけることです。これが、戦略と戦術を前へ進める翻訳の技術です。
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たとえば、経営会議では次のような説明をします。
「今期の3つのHR-KPIは順調であり、A事業のKPIであるプロジェクト利益率に寄与しています。1つ目のリーダーシップ成長率は昨年対比で30%向上、2つ目の顧客推奨度(NPS)が-12から+2へ向上、結果としてA事業のエンゲージメントスコアは改善し、離職率が10%まで回復しています。大胆な人員入れ替えと新規任用マネージャーの教育投資、取り組みテーマを“プロジェクト管理品質”に絞り、HRBPがマネジメント支援することで工程遅延プロジェクトが劇的に減ったことがNPSにつながっています」
これはHR-KPIを事業指標に接続して翻訳し、人事戦略の成果をストーリーとして語っているのです。
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佐藤 邦彦(サトウ クニヒコ)
HumanDriven株式会社 代表取締役 CEO
早稲田大学政治経済学部卒。2008年リクルートに新卒入社。HR領域で営業、企画、マネジメントを経験。2015年からはリクルートホールディングスにてシェアリングエコノミーの事業開発、働き方変革推進のプロジェクトリーダーを務める。2020年にココナラへ参画...
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