HRリーダーが「錨を上げる」
一方で、翻訳すれば組織が動くわけではありません。経営の意図を人事戦略へ反映し、人事言語と経営言語をつないでも、現場の人がその変化を引き受けられるとは限らない。だからこそ、もう1つの要諦が必要になります。それが組織を動かす「錨を上げる」という力です。
AIの進化は意図的であれ無意識的であれ、業務プロセスも、仕事内容も、社員に求める役割も変えていきます。そうである以上、AI時代が組織変革を求めるのは必然です。しかし、経営が「変われ」「変わろう」と言えば言うほど、現場には「変化は怖い」「変わりたくない」という力学が生まれやすい。これは個人の性格の問題ではありません。どんな組織にも、過去の成功を支えたカルチャーが染み付いています。その成功体験が深く根づいているほど、変化への抵抗は、個人の感情以上に、組織文化そのものから生まれやすくなる。まさに海底に沈む錨にどう対峙していくのかが求められるということです。
この組織力学を動かしていくHRの役割を、カンファレンスでは「Human Intelligence Infuser(人間知性を注入する者)」という言葉で表現していました。ここでいう「Intelligence (知性)」は、単なるAIリテラシーではありません。AIやデータを扱うArtificial Intelligence。自分の役割や意味を理解するPersonal Intelligence。感情や関係性を扱うEmotional Intelligence。そして変化を引き受けるChange Intelligenceという4つの知性を組織に注入することで、人事戦略を遂行するという考え方です。
この点でベルギー国立銀行の事例には示唆があります。彼らはコロナ禍に推進したハイブリッドワークを、単に「出社 or リモート」という問題として扱いませんでした。オフィスが提供すべき価値を「学び」「協働」「帰属意識」の3つで再定義したのです。さらに、“Be Inspired”という場を通じて、社員が自分の仕事の意味や組織への貢献を語る機会を設けていたそうです。
このリモートワークに関する話題は、既視感のあるお話ではないでしょうか。しかし、組織を動かすために必要な知性は、この話からも読み取ることができます。オフィスの価値という意味付けをしたPersonal Intelligence。対話をする機会を通じたEmotional Intelligence。結果的に新しい働き方を受け入れるChange Intelligence。私たちは、AI時代だからこそ大切にすべき観点を、AI時代以前から学んでいるということです。
だからこそ、HRリーダーは意識的に、組織を動かすオーナーシップを発揮する必要があります。経営と人事の戦略的翻訳をしながら、現場の感情を理解し、対話を重ね、組織のトランジションをリードしていく。これが、錨を上げる力です。
「Culture is not an anchor, it's a vector.(組織文化とは、組織を1つの場所につなぎ止める錨ではない。向かうべき未来へ導き、加速させるベクトルであるべきだ)」という言葉は、AI時代の人事戦略の変化のベクトルを示してくれていました。
Humanityを経営の実行力に変えるために
今回は「人事戦略」というテーマで、Humanityを経営の実行力に変えるための指針について取り上げました。人事は、戦略人事をAIを駆使して翻訳する存在であり、同時に、変化に向けて組織の錨を上げる存在でもあるということです。
言い換えれば、人事戦略とは人事組織を適切に管理するだけではなく、AI時代における事業成長に必要な組織文化、能力、判断基準、働き方の仕組みへ落とし込み、未来へ進む組織をつくることです。
次回は、「組織変革」という論点を掘り下げます。AI時代という未曾有の変化の大波の中で、Humanityを前提にした組織変革とはどのように実現させていけるのか。その実装条件をレポートしていきたいと思います。
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佐藤 邦彦(サトウ クニヒコ)
HumanDriven株式会社 代表取締役 CEO
早稲田大学政治経済学部卒。2008年リクルートに新卒入社。HR領域で営業、企画、マネジメントを経験。2015年からはリクルートホールディングスにてシェアリングエコノミーの事業開発、働き方変革推進のプロジェクトリーダーを務める。2020年にココナラへ参画...
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