ラストマン戦略とHRTで技術者のエンゲージメントが向上
エンジニアが効率よく学習していくには、どんなポイントに気をつける必要があるのか。セッションの冒頭で有馬氏はこの点について触れ、「従来のSIerにおける技術部門は、メンバーが浅く広く勉強するだけで終わることが少なくないと思います」と述べた。つまりIBMやオラクルといったベンダー資格などを取得するものの、会社の事業にあまり貢献しないケースが多いというのだ。
「資格だけを取った人が事業部での技術の使われ方を理解しようとせず、社内向けの勉強会をしたとしても、参加者には何も響きません。『本を読めばいいじゃないか』ということになります。そういう勉強会が続くと、『あのチームの言っていることはつまらないし、行くのはやめたほうがいいよ』となってしまい、事業部と技術部門で不和が生じてしまうのです」(有馬氏)
これを防ぐための一助として、同社のテクノベーションセンターでは2016年から「ラストマン」という制度を導入している。ラストマンとは、例えばJavaに最も詳しい人を「Javaのラストマン」と定め、Javaに関してその人が会社の最後の砦となり、「彼にわからないのなら誰に聞いてもわからないよね」いうスペシャリストの育成に取り組んでいるのだ。
このラストマン戦略は見事にハマり、クラウドやAI、ブロックチェーン、モダン開発などについてもラストマンが生まれ、それぞれが役割を与えられることでやる気になってきているという。また、ラストマンは「S2S教育」(セゾン to セゾンの意)と称して社員向けの技術研修も担っている。従来の外部研修では「学んで終わり」になりがちであったことを振り返り、JavaやJavaScriptの技術を磨いた当部の社員が寄り添って技術を教え、講義終了後もいつでも質問できる環境を用意したいと考えたのだ。ただ、教育用テキストは内製するにはコストが高く、市販のテキストでは実践的ではないと考えていたところ、カサレアルがテキストを販売していることを知り、採用することを決めたという。通常の外部研修より長いスパンで育成を目指すためもちろん時間はかかるが、生徒である現場のメンバーからプルリクエストをもらい、レビューを返すことを通して、言語の習得だけでなく、様々なことを伝える効果があったという。これはラストマンにとって、現場を知ること、そして会社としての技術力を高めることに対する当事者意識の醸成に大きく役立っているそうだ。
ラストマンについてもそうだが、社内のコミュニケーションが活発になったのにはきっかけがある。今の事業所に移転する前、セゾン情報システムズは池袋のサンシャイン60ビルに入居していた。その中で異なる階に分かれる形だったので、階違いの従業員同士のコミュニケーションはほとんどなかったという。
そこで2016年5月にボトムアップで「Slack」の利用を始めた。新しいツールを導入すると、拒否反応を示す人が必ず一定数は出てくるので、あえて全員に押し付けるのではなく、勉強会に参加した人などに「Slackってこういうものですよ」という説明つきで配布したのだ。このやり方は成功を収めた。「Slackのメリットが口コミで広がっていきました。この配布方法は、現在でもよかったと思っています」(有馬氏)
有馬氏はまた、他者との関わりの中で「HRT(謙虚・尊敬・信頼)」を持ってお互いに接しよう、というルールも決めた。これにより、ちょっとしたコードレビューなどで暴言を吐く人がいたりすれば、「それってHRTじゃないよね」と指摘することでうまく調和がとれるようになった。このHRTというコンセプトは、ラストマンとともにセゾン情報システムズを貫く指針として今でも機能している。
さらに、「人の成長は、基本的には慣性の法則に従うものです」と有馬氏は言う。5年後にはこういう人材、10年後にはこういう人材といったように、良くも悪くも従来のSIerでは、成長具合はだいたい予測することができるというのだ。ただ、ラストマンやHRTといったコンセプトを置いてあげることで、そうした慣性の法則を超えるような成長を促せることが最初の1年間でわかった。その意味でも「設立当初から社内コミュニケーションの改善を図り、ラストマン、HRTを通して事業部との関係性を高められたことはとても良いことだった」と有馬氏は振り返る。