エンジニアに「あの会社はいいよ」と言われることが採用活動の第一
冒頭で株式会社スタディスト 管理部 人事グループ 人事 Recruiting Operations てぃーびー(田部井 勝彦)氏から転職透明化らぼの活動とこのセッションの目的・アジェンダが示されたのち、LAPRASの伊藤哲也氏が登壇。「エンジニアと企業、それぞれの立場から見た採用市場の実情」と題して講演を行った。
まず伊藤氏は、超売り手市場とされるエンジニア採用をデータで確認した。厚生労働省では有効求人倍率を毎月発表しているが、2020年1月では1.49倍。倍率の高い職種でもせいぜい3倍超で、コールセンターなど1倍を割り込む職種もある。ところが、ある調査ではエンジニアの求人倍率は10倍前後を示し、昨年12月には11倍に達した。11社で1人のエンジニアを取り合う構図である。経済産業省も、日本国内のエンジニアは2018年時点で22万人不足しており、2030年までに(中位のシナリオで)45万人が不足すると予測している。
そのような中、一般の知名度もエンジニアからの評価も得ている“強豪”企業と張り合っていかなければならないエンジニア採用の担当者は、まさに地獄にいるようだろうと伊藤氏は言う。
加えて、採用したいエンジニアの質が変わってきていることも、採用担当者に追い打ちをかけている。今まで求められていたのは課題解決型のエンジニアで、要件定義が明確で、ウォーターフォール型でコーディングを進めていく力があればよかった。しかし、最近求められているのは価値創造型のエンジニアで、ユーザーのペイン/ゲインを考えながら不確実ながらも要件を定義しつつ進めていく、アジャイル開発の能力が必要だ。エンジニアとしてキャリアのある人でも、この変化に対応できない人は少なくない。
エンジニア採用の難しさは、求人倍率が高い・人数が足りない上、これから必要な開発能力を備えたエンジニアの数が限られていることにある。そして、このことから1つの事実を伊藤氏は指摘する。
「エンジニア転職は超売り手市場で、今後十数年は変わらない。需要は常にあり、エンジニアは食いっぱぐれることはない――ただし、それは限定的です。誰にも当てはまることではありません」(伊藤氏)
そのことを伊藤氏は、自社のダイレクトリクルーティングサービス「LAPRAS SCOUT」で得られたデータをもとに明らかにした。
示したのは2つのデータだ。1つは、LAPRASのデータベースに登録されている53万人のエンジニアのうち、実際にスカウトメールを受け取っているのは、その1%にすぎないこと。もう1つは、スカウトメールを受け取っている人の80%近くが複数の企業から受け取っていること。2〜5社が最も多く50%だという。
つまり、スカウトメールは限られたエンジニアに集中して送られている。LAPRASに登録されているスキルや実績のデータがそもそも不足しているためにスカウトメールを出す対象にならないケースも数万人分はあるというが、それでも大きな偏りが生じていることは否めない。
さらに、独自に調査した結果から、企業の採用要件は特定の技術領域に集中していることも分かった。伊藤氏は「やはりトレンドというものがあります。それを無視して自分のスキルを伸ばしていては、11倍の求人倍率があることを感じられる人は多くないと思います」と見解を述べた。
人事が前面に出るのは逆効果
一方で、11社で1人のエンジニアを取り合う状況下において、企業はどのように採用活動を進めればよいのか。
「今は、企業がエンジニアから選ばれる立場にあります。そのために、採用したいエンジニアに自社のことを知ってもらい、共感してもらい、希望を持ってもらい、コミットしてもらう。その結果、さまざまな企業から受けるオファーの中から自社を選んでもらうのです」(伊藤氏)
そのために必要なのは、自社を選びたくなるような「認知」をエンジニアに持ってもらうことだ。伊藤氏はそれが採用のすべてだとまで言い切る。そして、そのためには「(あの人に・みんなに)こう言われているよ」という言説(ディスコース)の形成が大切だという。人の考えというのは、個人の原体験や価値観よる部分もあるが、特定の人間やコミュニティ、社会にある評価・評判、つまりディスコースに大きく左右される。
例えば、知り合いの優秀なエンジニアや自分が属しているコミュニティの有名なエンジニアが、どんどん入社していっている会社があると、「やはりすごいな」とその会社の評価が高まる。また、仲の良いエンジニアから「あの会社のカジュアル面談に行ったのだけれど、とてもよかったよ。丁寧だし、技術力もすごくありそう」と聞くと、「あの会社は意外に良いのだな」と思う。こうしたディスコースを獲得できれば採用に大いに有利になる。逆に悪いディスコースを形成してしまっては、望むようなエンジニア採用は不可能だろう。
エンジニア採用に効くディスコースを形成する方法として、伊藤氏は「エンジニアコミュニティイベントに参加したり、自分たちが持つ技術情報をテックブログやミートアップ、カンファレンスなどで紹介したりして、メンバーや会社の印象を高める」ことを挙げた。もちろん、これらの活動には現場のエンジニアの協力が不可欠である。
注意すべきは、採用担当者(人事)が前面に出ては逆効果であることだ。伊藤氏によれば、「カジュアル面談でどのような役職の人に会いたいか」というアンケートを採ったところ、エンジニアでは「採用担当者に会いたい」という回答が6%しかなかったという。
「今、人事が採用のフロントに立つ弊害が問題になっています。皆さんの周りにはCTOやエンジニアマネージャーが採用に関わっている会社が少なからずあると思いますが、それに対して、あなたの会社では技術力のない人事がカジュアル面談をしたらどうでしょう。それだけで採用活動が悪化してしまいます」(伊藤氏)
最後に伊藤氏は、CTOやEMを目指している人、あるいはすでにその立場にある人にとって、採用業務は避けて通れないものであり、そのスキルも必須になることを伝えて、講演を締めくくった。