対話力が世界的企業の復活を可能にした
まず宇田川氏は、経営戦略の観点で見た日本企業の課題として、「カネ余り」現象を例に挙げる。現在の日本企業の内部留保は、2018年時点で約460兆円とされるが、この状況は経営戦略論的に見ると、決して好ましい状態ではないという。
「たしかに帳簿上は、既存のキャッシュインのある事業が順調な証拠ですが、いつまでもこれが続くわけではない。企業が将来にわたって継続していくには、現在の利益を成長途上の事業分野に回して育てていく、つまり新事業への投資が必要です。日本企業の利益が余っているのは、この成長分野への投資が滞っている証拠であり、決して経営戦略の視点からは喜べることではありません」(宇田川氏)
では、この状況をどう打開していけばよいのか。宇田川氏は経営戦略論の大家として知られるロバート・A. バーゲルマンの、インテルの戦略研究を例に挙げる。インテルはもともとDRAM(メモリ)メーカーだったが、1980年代には日本や韓国のメーカーに追い抜かれてしまった。だが一方で、現場の技術者は素材のシリコンウェハーを使った新しい事業開発を自主的に進めていた。その成果の1つがCPUだったという。これがある程度形になった時点で、現場から中間管理層に「可能性があるので、もっと本格的に取り組みたい」と提案され、管理職は予算をやりくりしながらさらに育てていった。それが最終的に、当時の経営者のアンディ・グローブによるインテルの戦略転換の決断につながり、同社を世界的な地位に押し上げた。
後にグローブは著書の中で、「どんなに天才的な経営者であっても、現場からのアイデアがなければ新しい戦略の種は見つからなかったし、ミドルがなんとか資源をやりくりして、それを育ててくれなければ、新しい戦略選択肢もなかった」と述懐していると宇田川氏は語る。
「このことからも、現場サイドにとっては、自分たちの新しい事業機会の気づきをいかにトップマネジメントがゴーサインを出せるレベルまで生き延びさせて届けるかが重要な課題であり、それには違う立場の人々=経営者や管理職に、自分たちのアイデアが意味あるものだと気づかせ、動かしていく取り組みが欠かせません。この事例を見ても、立場や視点の異なる相手に語りかけ、理解を促していくスキル、つまり『対話力』こそが、イントレプレナーシップで最も大切な力だといえます」(宇田川氏)
もちろん、経営者にもその力は必要だ。両者の対話力が成功を生んだ例としては、クラウドへの転換でさらなる成長を果たしたSAPがあるという。