育休法改正が男性社員に制度の存在を意識してもらう契機に
――日本企業における男性の育児休業取得率は非常に低く、2020年度は女性が83.0%に対して、わずか7.48%でした。この極端な差の理由は何でしょうか。
社会的な性差は世界中にありますが、この格差の埋まるスピードが海外の主要な国に比べて遅いのは、日本固有の事実です。私見ですが、その原因の一つには、日本には長寿企業が多く、価値観の変化が遅いことがあると思っています。年功序列や終身雇用がまだまだ残っており、管理職の中心は40~50代です。厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」を見ても、2020年の部長職の平均年齢は52.8歳でした。
この世代が若い頃は、まだ男性は「子供が生まれたからといって休むなんて」という時代でした。それが管理職になった今、世の中の変化を頭では分かっているが、自分の体験に照らしてなかなか腹落ちしにくいのではないでしょうか。2019年のユニセフの調査では、日本の男性が育休を取れない理由の第3位は、「休みを取得しにくい雰囲気」でした。職場の雰囲気にはマネージャーの考え方が大きく影響するので、彼らの理解が醸成されないうちは、なかなか難しいと思います。
――従業員に育休を取れることを通知し、取得の意思確認をする義務が企業側に課せられた今回の育休法改正は、取得率の向上に大きな転機となるでしょうか。
十分になると思います。ただし、大切なのは育休の取得率そのものよりも、働く人が自身の考えやライフスタイルに合わせて、より最適な選択をできる社会文化をつくることです。
私の直属の上司は、4人目の子どもが生まれたときに初めて育休を取得しました。3人目までは、やはり養育や生活のために稼ごうと、奥さんと話し合って決めたそうです。もちろん育休は取得できるほうがよいですが、会社や上司からの強制になっては逆効果です。そういう個人や家庭の判断を尊重して、育休を取るか取らないかを選ぶ自由があることも大事です。
また、ユニセフの調査で育休を取れない理由の第2位は「会社に制度がない」なのですが、育休取得に関する法律が存在しているのに制度がないのはありえません。これは従業員が、制度があることを知らないのです。今回の法改正は、こうした制度の存在を会社から従業員にきちんとインプットし、利用するかどうか判断してもらう流れを作る上で、大きな意義があります。
合計4週分の育児休暇を最大4回まで分割で取得できるようになる
――人事の専門家の立場から、改正育休法で特に注目したいポイントを教えてください。
一番は、先にも触れた「企業の側から育休取得を促すことの義務付け」です。これまでは、社員が制度を知っているか否かにかかわらず、育休を取りたいなら自分から会社に申請してくださいというスタンスでした。それが、改正育休法では「企業側から従業員への通知と促進の義務化」が明確にうたわれています。またこれまでは、あくまで企業側の「努力範囲」だったのが「義務」になれば、従業員も気がねなく育休取得ができるようになります。
もう一つは、今アメリカを中心に盛んにいわれている「人的資本の開示」です。市場や投資家は「無形の人的資本=従業員とその環境」に着目し、企業の価値として評価するようになってきています。その意味でも育休取得促進は、企業価値を維持し高める上で今後、さらに重要なポイントになっていきます。
――従業員が制度を利用する際の選択肢が増え、柔軟性も非常に高くなると聞きました。
今回、「出生時育児休業制度」が新設されました。子どもの出生後8週間の期間に、合計4週分の休暇を分割して2回まで取得できるというものです。これまでの制度では、通称「パパ休暇」という形で子どもの出生後8週間の期間に、通常の育児休暇を切り出す形でしか分割ができませんでした。また今回、通常の育児休暇も、男女ともに2回まで分割で取得できるようになったので、「出生時育児休業」と合わせると男性は最大4回分割で育休を使えます。
――選択肢が大幅に増える分、人事が各人の事情に応じた最適な利用法を、個別にアドバイスする必要がありそうです。
前例がない制度であるため、休暇を取る側もどう取ればよいのか分からないと思います。そこでまずは人事側から、何パターンかの利用例を示してあげるとよいでしょう。また、1000名を超える大規模法人は、2023年4月から男性の育休取得率の公表が義務付けられます。該当する企業の人事としては、自社の取得率を上げていくためにも、制度の利用を促進する施策が求められます。