佐野 稔文(さの としふみ)氏
株式会社SmartHR プロダクトマーケティングマネージャー
京都大学大学院修了後、新卒でITベンチャー企業に入社し、業種・規模問わず幅広い企業に対するWebマーケティングのコンサルティングに従事。2021年にSmartHRに入社し、人事データベースの構築に関する機能と、蓄積された人事データの活用を実現する人材マネジメント機能の企画や仕組みづくりを行う。
人的資本が重要視される3つの理由
「人的資本が重要視されてきている背景には、『投資家の関心の高まり』『欧米での人的資本開示の流れ』『日本の欧米追従の動き』の3点がある」と佐野氏は見解を述べる。1つずつ見ていこう。
人的資本経営が重視されてきている背景①:投資家の関心の高まり
先進国の主要株価指数を経年で比較して見たところ、日本を除く他の国々は上昇傾向にあることが分かる。なぜ日本だけは横ばいが続いているのか。
その大きな要因の1つが、「企業価値の源泉が有形資産から無形資産、中でも特に人的資本に変わっていること」だ。有形資産と無形資産の割合を示したグラフを見てみると、アメリカの無形資産の割合は年を追うごとに高まっており、2020年には90%を占めるまでになっている一方、日本はリーマンショックを機に無形資産の割合が大きく減少し、2020年になっても32%と低い状態でとどまっていることが分かる。
そこで生まれてくるのが、「企業価値と無形資産比率に相関があるにせよ、それが人的資本の価値向上が企業の価値向上に直結しているといえるのか」という疑問である。
これに対し、佐野氏は「ヒトが中長期的な企業価値向上の源泉であるからだ」と回答する。その真意を明かすべく、佐野氏はプロダクトライフサイクルに話を進めた。
プロダクトライフサイクルとは、製品が市場に投入されてから、寿命を終え、衰退するまでのサイクルを体系立てたものである。製品を市場に投入した段階の「導入期」、競合他社が増加し、売上と利益が急拡大する「成長期」、市場の成長が鈍化し、売上と利益が共に頭打ちになる「成熟期」、値引き競争が頻繁に行われ、売上も利益も減少する「衰退期」。これら4つから成るプロダクトライフサイクルがひと回りする期間が短くなるということは、市場の移り変わりが激しくなっているといえる。
2007年2月に経済産業省が発表したアンケート調査によると、鉄鋼業以外のすべての製造業において、5年前と比較して主力製品のライフサイクルが短縮していることが分かった。
続いて、2004年11月に中小企業研究所が発表した「製造業販売活動実態調査」を見てみると、1980年代には3〜5年以上はあったヒット商品の製品寿命が、年を重ねるたびに短くなり、2000年代には75%が2〜3年未満になっていることも分かる。
「ITやロボティクスなどの技術革新によって、新製品開発のスピードが向上していることや、デジタル化によって消費者の価値観が変化し、時代や自分に合った商品を世界中から探せるようになっていることが大きな原因だと考えられる。こうした傾向は今も変わらず続いていると考えるのが自然だ」(佐野氏)
このように事業環境が激変し、製品の寿命が短くなっている中で、中長期的に企業価値を向上させるためには、技術革新を生み出したり、時代は消費者の変化に伴ってビジネスを変化させたりすることが欠かせない。それらを実行するのは言うまでもなくヒトであるからこそ、「ヒトが中長期的な企業価値向上の源泉である」といえるのだ。
そして、中長期的な投資・財産戦略において重視すべきものを問うたときに、「人材投資」と答えた投資家が67%と最も多かったのに対し、企業はわずか32%という結果も出ており、ここに大きな認識のギャップがあることも忘れてはならないポイントだろう。