本記事は『持続可能なチームのつくり方 幸福と成果が連動する』の「第1章 今こそ求められている「ウェルビーイング」を意識したマネジメント~〈基礎編〉考え方と理解」から一部を抜粋したものです。掲載にあたって編集しています。
「元気」を尋ねる3つの理由
「あなたの職場は元気ですか?」
「あなたは元気ですか?」
突然こんな問い掛けをされたら、どのように答えますか? 実は、これは私が訪問先の職場でよく使っているフレーズです。
そんな話をしたら、「保険の外交員の方ですか?」と、聞かれたことがありました。
たしかに「ほけん」という読み方に共通点はあるものの、私は「保健師」であり、「労働衛生コンサルタント」という職場の健康管理を専門にした仕事をしています。大学の看護学部を卒業してから30年間ほど、200以上の会社や事業場(同じ組織下で同種の業態がまとまって作業する場所のこと)と、4万人以上の働く人の健康管理に携わってきました。
そのようなことをお伝えすると、「職場で具合の悪くなった人をサポートしているんですね」と解釈されることも少なくないのですが、これまで私がずっと目指してきているのは、職場で働く一人ひとりに目配りできる仕組みを考えて、防げる病気を防ぎ、守れる命を守り、誰もがよりよく働ける職場を少しでも増やすことです。具合の悪くなった人の対応をしないわけではありませんが、それは仕事の一部にすぎないと考えています。
多くの職場でリアルな「健康」を目の当たりにして思うのは、部下の健康面でマネジャーにしかできない対応があったにもかかわらず、いろいろな事情からそれが十分に行われず、結果としてチーム運営にも支障が出ることが多いということです。
もちろん、部下のコンディションをしっかり管理して最高のパフォーマンスに導き、それが職場の利益にもつながったという、逆のケースもあります。人材確保の難しさは、今後ますます高まるでしょう。言い換えると、部下の心と体のマネジメントができるマネジャーは、「持続可能なチームづくり」ができると認められ、職場で選ばれる存在になることは間違いありません。
さて、冒頭の問い掛けに話を戻します。私が「元気ですか?」と尋ねるのには、次の3つの意図があります。
①具合が悪くないかどうかを確認する
当然具合が悪ければ言葉に詰まるか、具合の悪い状態について説明があるでしょう。気分や機嫌のよしあしも「元気ですか?」で推し量れます。しかし同じような質問ですが、もっとストレートに「具合の悪いところはないですか?」と尋ねたら、次の②の効果は得られません。
②主観的に「元気」を意識してもらう
生活や仕事に差しさわりがないと、自分の健康になんて特に気に掛けない人がほとんどです。
しかし、言葉にして尋ねられると、「どうかな?」と自問するきっかけになるでしょう。当然ながら、自分の健康の一番の担い手は自分です。「元気ですか?」には、実は自分の健康を意識してもらう狙いもあるのです。持病や障害がある人でも、うまく仕事や生活と折り合いがつけられていれば、元気といえます。
仕事が引き金になって起こるような病気やケガは、絶対に防がないといけませんが、すべての病気をゼロにすることが目的ではありませんし、それはどう頑張っても無理なことなのです。
③気遣いのメッセージを送る
久しぶりに会った人には「元気?」を、挨拶のような感覚で使うことも多いと思います。この場合の「元気?」は、相手への気遣いが前提にあるのではないでしょうか。
私があえて元気な人にも「元気ですか?」と尋ねるのは、「気に掛けているよ」というメッセージを通じて、相手の「存在」を認めていることも伝えたいからです。仮に「余計なお世話だ」と言われたとしても(そんな人はいないでしょうが)、それほど不快には感じないはずです。
「元気?」は、質問者の自己肯定感をも、ある程度満たせるよいフレーズだと思います。
全従業員に「元気」を尋ねる
私が「元気ですか?」を意識的に使うようになったのは、私が新人だったころに出会った、同じ保健師の先輩の影響です。
とかく保健医療職は「病気」を探すものです。
でも、その先輩は「病気ももちろん意識はするけれど、職場では元気に仕事ができているかが大事よ。具合の悪くなった人を中心に対応していたのでは、これから具合が悪くなるかもしれない人には他人事になってしまうでしょう。だからできる限り、全従業員に短時間でも『元気?』を聞きなさい」と教えてくれました。
現在、私は顧問契約をいただいて、健康診断とストレスチェックのあとに全従業員の面談を行っている職場が数社あります。そこでは、先輩の教えに従って「元気に仕事ができている?」と個別に問いかける面談を積み重ねています。その数は、延べ人数で1万人近くなりました。
残念ながら、この問い掛けの効果は科学的なエビデンスを得る研究にまではつながっていませんが、働く人それぞれが自分の健康を気遣い、そして、上司や同僚がお互いの健康を気遣って「次のアクション」につなげていく様子を少なからず確認してきました。
もちろん「元気?」の問い掛けだけでは、魔法の杖にはなりません。それでも、現場のマネジャーにとって、チームの健康づくりに役立つ切り口にはなるでしょう。
どうか、重要キーワードとして、いつでも使えるように「元気?」を覚えておいてください。
持続可能なチームとは「ウェルビーイング」な組織のこと
ウェルビーイングは近年注目されている言葉ですが、1946年の世界保健機関(WHO)の憲章にすでに提唱されていて、決して新しい概念ではありません。特に保健医療職にとっては、半世紀以上前から聞かされてきたので、「なぜ今ごろ、また?」という感覚がありました。
世界保健機関憲章前文(日本WHO協会仮訳)によると、次のとおりです。
Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.
【健康とは、病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあるこをいいます。】
ウェルビーイングの4つの因子(要因)
また、「幸福学」を専門とする慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授の前野隆司さんは「ウェルビーイングは、病気があるかないかといった狭義の健康とは別のもので、他人と比べられるカネ・モノ・地位などの地位財のように長続きしないものではなく、精神的、身体的、社会的に良好な状態の非地位財で4つの因子からなる持続されるものである」といっています。
前野さんのいう4つの因子(要因)とは、次のものです。
①【やってみよう因子】自己実現と成長
②【ありがとう因子】つながりや感謝、利他性、思いやりをもつこと
③【何とかなる因子】前向きで楽観的、何事も何とかなると思えること
④【ありのままに因子】独立性と自分らしさを保つこと
「働きがい」が感じられるウェルビーイングな職場
先ほどの技能実習生は、療養期間が明けたとき次のように言ったそうです。
「仕事を頑張ろうと思った」
「上司の言葉が嬉しかった」
「つらかったけど、何とか大丈夫だった!」
「これが『働きがい』かな?」
この言葉の中には、ウェルビーイングの4つの因子「やってみよう」「ありがとう」「何とかなる」「ありのままに」のすべてが含まれています。
また、彼らの言葉からウェルビーイングの4つの因子は、それぞれ独立したものではなく、お互いに影響を与え合っているように思えてなりません。現在いろいろな解釈がされているウェルビーイングですが、私は次のように考えています。
【ウェルビーイングとは、自分なりに健康をコントロールしながら、持続的な「幸福」を自ら見いだしていくもの】(図1参照)
持続的といっても、健康には当然波があるはずです。それでも「元気ですか?」と聞かれたときに、ある程度において「元気だよ!」と、自然に笑顔で答えられる状態がウェルビーイングではないかと考えるのです。
持続可能なチームは、ダイバーシティや人手不足に悩む職場環境にこそ求められています。
一方、「元気?」「元気だよ!」という、人としてもっとも基本的な声掛けが気軽にできるチームこそ、多少の突風(問題)が吹いても崩れない持続性に優れた組織といえるのではないでしょうか。
持続可能なチームづくりは部下への目配り・気配りが基本
私が契約先企業の個別面談の機会などに、健康面での組織のマネジメントについてマネジャーに話題にすると、「自分がいくら頑張っても部下に問題がある」「会社(経営層)に問題がある」といったことを耳にします。
たしかに、マネジャーの頑張りだけでは解決しないことがあります。
ここでは、それらの問題に応えられそうな、考え方や手段をお話しします。
職場の健康についての考え方で一番大事なのは「仕事で健康を損なわないようにする」ことです。そこに「健康状態を整えて、快適によりよく仕事ができるようにする」ことが上乗せされます(表1参照)。
事業者と労働者の義務
図2で詳しく紹介していますが、職場で目指す健康は、利益の追求のために、事業者と労働者の双方が目指すべき義務になるのです。「労災防止」も、事業者と労働者が守るべき義務です。
なお、事業者とは法人そのものを指しますが、マネジャーも事業者に含まれます。
健康に関する考え方とはいっても、ここに私のような保健医療職は登場しません。あえていうなら、保健医療職は事業者と労働者の双方の義務を支援する立場になります。
21世紀になったころから、「過労自殺」などの労災補償が頻繁にニュースなどで取り上げられるようになりました。
事業者の「安全配慮義務」という堅い言葉もずいぶん聞かれるようになり、マネジャー職は、このキーワードを強く意識せざるを得なくなりま した。
一方の労働者はどうかといえば、人権がより守られるようになって、利己的に権利を振りかざす従業員が出てきたという話題も耳にします。もしかすると、そのような従業員は、労働者の「自己保健義務」について教わる機会がこれまでになかったのかもしれません。
多忙なマネジャーに必要な「労務管理」の考え方
あらためて言うまでもなく、マネジャーには会社の方針に沿ってチームを動かしていくという役割があります。
したがって、任された仕事を部下にうまく割り当て、業務の進捗を管理することが重要になるわけですが、その管理には次のような「労務管理」も含まれていることをご存じでしょうか?
●勤務状況の管理(出勤・欠勤などの勤怠管理や労働時間の管理)
●賃金や勤務時間、休暇などの労働条件や労働環境の整備
●部下の指導や育成
実際、労務管理に携わってみるとケースバイケースの対応に追われて公平性を保つというのはなかなか難しく、悩みがつきないものだと思います。私が行っている全従業員面談の中でも、労務管理はマネジャーから時々お聞きする困りごとの一つです。
ただでさえ、今どきのマネジャーは多忙で、守備範囲が広いです。それでも、考え方を少しだけ変えてみるとやりやすくなるのではないでしょうか。
マネジャーは適材適所に仕事を割り振る「調整役」
労務管理というと、やらされ感のある、組織的な制約や抑圧のイメージがあるという声も聞きますが、今どきの働き方を考慮して「調整」のイメージをもつとしっくりくるかもしれません。
しかし、イメージは変わっても、業務の難しさに変わりはないでしょう。難しさの原因は、人が「なまもの」だからです。
誰にでも日々いろいろな出来事があり、それに伴って常に心身が変化しています。そこでニュートラルな目線での目配り、気配りが必要となります。これは部下に日ごろ接しているマネジャーにしかできない貴重な采配なので、是非、頑張っていただきたいところです。
「嫌い」な感情は要注意!
誰しも「嫌だなぁ」「苦手だなぁ」と感じている相手はいます。マネジャーにも嫌いな部下がいてもおかしくありません。私が全従業員面談を行っている中で、興味深い気づきがありました。
上司が嫌っている部下は、たいていその上司のことを嫌っています。相思相愛の逆です。これは、ほぼ9割の確率で当たっています。
上司が表向きの表情などで多少繕ったとしても、醸し出される態度から「好きではない」という感情が部下に伝播するのでしょう。
逆に、上司が好感をもっている部下が、上司に好感をもっているかといえば、残念ながらこれは人によります。
部下は仕事の裁量を、上司のもつ権限に委ねざるを得ないところがあり、自分では思い通りにいかないことが少なくないからだと思います。
上司が好感をもたれにくいのは、ある程度しょうがないと割り切らないと、やっていられないことも多いでしょう。
マネジャーはあくまでも「役割」にすぎません。あなたという人格ではなく、仕事をしていく上での「上着のようなもの」と吹っ切ればよいと思います
上司と部下のすれ違いは、なぜ起こる?
私が全従業員面談を行っていて、よく出る話題といえば、職場の人間関係の悩みです。
国の調査でも、強い不安やストレスになる原因には「対人関係」が挙がっています。厚生労働省の「令和4年労働安全衛生調査(実態調査)」での回答でも26.2%、実に4人に1人以上が対人関係から強いストレスを訴えていることがわかります。
面談でお聴きするのも「上司がわかってくれていない」が、一番多い悩みになります。何をわかってくれていないかといえば「自分の状況を理解してくれていない」「状況をわかってくれていないから仕事の指示が適切でない」「評価が不適切」といったようなことです。
それでは、その上司のマネジャーに面談で話を聴いてみると、多くの方が「自分はチームのことは掌握している」と言われます。そして、「部下は上司の立場や、上司が見ている状況がわからないから好き勝手なことを言うのだ」と言われることもあります。
このような部下の言い分と上司の言い分とのすれ違いや食い違いは、肌感覚ながら7割以上の職場であると感じます。
しかし、上司と部下の理解の不一致は、よくあることだからそのままでよい、とはいえません。
一方でイキイキして見える部署のマネジャーは「部下のことはわからないことが多い。同じく部下も上司のことがわからないみたいだけれど」と前置きして話をする傾向があるように思います。
「わからないことを前提に、随時、わかろうとする」
「それでもわからないことが多いから、聴いて・話してを丁寧に繰り返す」
「しつこくなりすぎないように。そしてすべてをわからなくてもいいと思うようにしている」
先述の上司が部下を嫌っていると、部下も上司のことを嫌う傾向にあり、感情は伝播するという話に似ているように思います。
部下をわかろうとする姿勢は、ときに鬱陶しく思われる場合もあるでしょうが、上司から関心を寄せられて不快に感じる部下は少ないはずです。「わからないから、随時、わかろうとする」という姿勢は、部下を受けとめようとするもので、部下の承認欲求を満たすものです。承認欲求が満たされれば、部下の自己肯定感はおのずと高まり、自分の仕事に対して自信や責任感をもつようになります。
「何かあったら」は禁句
「何かあったら言ってくるように」は、上司から部下への声掛けとして時々耳にしますが、これは使わないほうが賢明な判断といえます。
「何かあったら」というのは、「こと」が起きてからという意味になります。「こと」が起きないようにするのが仕事であり、持続可能なチームづくりにもつながるはずです。
では、わかろうとするためにどのように接近するか? ですが、「何かあったら」の言い換えとして、「何か気になることがあったら声をかけて」がよいでしょう。
そのような内容を管理職研修などで話すと「『気になること』なんて相談の間口を広げたら、やたら声かけされるのでは?」と、訝しがる方もいます。
「ひっきりなしに声をかけられたら、たまったものじゃない。自分の仕事が手に付かなくなる」
大丈夫です。それでも多くの部下は上司に遠慮するものです。